沢中の隣の火葬場――夜中に聞こえる名前
その火葬場は、沢中と呼ばれる場所のすぐ隣に建っていた。
昼間に見ると、周囲には木々が多く、古びた建物もどこか静かなだけの施設に見える。
しかし、地元では昔から、夜になると「あそこには近づかないほうがいい」と言われていた。
特に怖がられていたのが、火葬場の裏手にある細い道だった。
ある若者が、友人と二人でその道を歩いたのは、夜の十一時を過ぎた頃だった。
肝試しというほど大げさなものではない。
ただ、火葬場の近くを通って帰るだけだった。
二人が建物の横を通り過ぎたとき、突然、片方の足が止まった。
「……今、誰か呼ばなかった?」
もう一人は笑った。
「誰もいないだろ」
すると――
「……おい」
今度は二人とも聞いた。
暗闇の中から、誰かが低い声で呼んだ。
しかし、周囲には誰もいない。
二人は急いで歩き始めた。
その瞬間だった。
火葬場の建物の中から、
カン……
と、金属を叩いたような音が響いた。
続いて、
カン……カン……
と、一定の間隔で音が続いた。
「誰かいるのか?」
そう言って振り返った友人の顔から、笑みが消えた。
建物の窓。
そこに、人影が立っていた。
真っ暗な室内なのに、窓の向こうにだけ、白っぽい人の姿が見える。
二人は一目散に逃げた。
そして翌朝。
怖さをごまかすために、二人で昨夜のことを話していた。
すると、片方が小さな声で言った。
「……お前、名前呼ばれてなかった?」
「え?」
「俺が聞いた声、お前の名前だった」
その瞬間、二人とも黙り込んだ。
実はもう一人も、同じことを思っていた。
自分が聞いた声は、友人の名前ではなかった。
――自分自身の名前だった。
それ以来、二人は火葬場の近くを通らなくなったという。
だが、後になって一人が別の友人から聞いた話があった。
あの火葬場では、夜中に誰もいないはずの建物から、名前を呼ぶ声が聞こえることがあるらしい。
そして、その声を聞いた人は決まってこう言う。
「声は怖くなかった」
「むしろ、知っている人が呼んでいるようだった」
だからこそ、怖い。
もし夜の暗闇の中で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえても――
絶対に返事をしてはいけない。
なぜなら、
その声が誰のものなのかを確かめるために振り返った瞬間、
そこにいるはずのない誰かと、目が合ってしまうからだ。
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