ホテル祇園――午前二時の内線

路地裏に、古びたホテルがあった。

名前は「ホテル祇園」。

昼間は観光客の姿もある普通のホテルだが、夜になると雰囲気が一変する。

特に、深夜二時を過ぎると、従業員の間で妙な噂があった。

「午前二時に、使われていない部屋から内線がかかってくる」

ある夜、新人のフロント係が一人で夜勤をしていた。

午前二時十三分。

フロントの電話が鳴った。

表示された番号は――「307」。

しかし、ホテルの三階には307号室など存在しなかった。

新人は首をかしげながら電話を取った。

「はい、フロントです」

返事はない。

ただ、受話器の向こうから、

……ザァ……

という、雨のような音が聞こえていた。

そして数秒後。

女の声がした。

「……まだ、部屋にいます」

新人は思わず聞き返した。

「お客様、何号室でしょうか?」

すると女は、小さな声で答えた。

「307号室です」

その瞬間、電話が切れた。

気味が悪くなった新人は、先輩に確認した。

すると先輩の顔から血の気が引いた。

「……その電話、今かかってきた?」

「はい。307号室からです」

先輩はしばらく黙ったあと、こう言った。

「絶対に三階へ行くな」

理由を聞いても、先輩は教えてくれなかった。

ところが、その直後。

今度はエレベーターが勝手に動き始めた。

一階から三階へ。

誰も乗っていないはずなのに。

チン――。

扉が開く。

監視カメラを見ると、三階の廊下には誰もいない。

しかし、画面の奥。

存在しないはずの307号室の前に、

白い服を着た女が立っていた。

女はじっとカメラを見つめていた。

そして突然――

画面の中で、ゆっくり笑った。

新人が息をのんだ、その瞬間。

フロントの電話が再び鳴った。

表示は、

「307」。

震える手で受話器を取る。

すると今度は、さっきの女の声がはっきり聞こえた。

「……今から、そちらへ行きます」

新人が顔を上げる。

エレベーターの表示は、

「3階」。

そして、ゆっくりと数字が変わり始めた。

「2……」

「1……」

「0……」

一階に戻ってきた。

扉が開く。

そこには誰もいない。

ただ、廊下の奥から、

ポタ……

ポタ……

と、水が落ちるような音が聞こえてきた。

新人が恐る恐る視線を向ける。

そこには、濡れた足跡があった。

三階から続いてきたように、

廊下を一直線に進み、

フロントの目の前で止まっている。

そして最後の足跡の先。

誰もいない空間から、

女の声がした。

「……307号室、開けてください」

翌朝。

夜勤の新人は、何も覚えていなかった。

ただ、フロントの電話だけが壊れていた。

そして三階の壁には、

昨日まで存在しなかったはずの、

「307」

という古い部屋番号だけが残されていたという。

それ以来、ホテル祇園では、

午前二時十三分になると、

誰も触れていない内線電話が鳴る。

そして電話に出てはいけない。

なぜなら――

電話の向こうから聞こえる声は、

ホテルの外から電話をかけているのではない。

あなたのすぐ後ろから、話しかけているからだ。

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