西郷洞窟――最後の声
鹿児島市の山あいに、ひっそりと口を開ける洞窟がある。
そこは、かつて西郷隆盛が最後の日々を過ごした場所として知られている。
今では観光地になっているが、地元では昔から、こんな噂が囁かれていた。
「夜の洞窟から、人の声が聞こえる」
ある夏の夜、二人の若者が肝試しに訪れた。
時計は午後11時を過ぎていた。
昼間なら観光客の姿もある場所だが、夜になると辺りは異様なほど静かだった。
懐中電灯を照らしながら洞窟へ近づいた、そのとき。
「……誰か、いる?」
奥から、かすかな声が聞こえた。
二人は顔を見合わせた。
誰かが先に入っているのだと思った。
「すみません!」
返事はない。
しかし、数秒後――
「……まだ、帰れん」
確かに声が聞こえた。
しかも、その声は洞窟の奥ではなく、二人のすぐ後ろから聞こえた。
振り返る。
誰もいない。
恐ろしくなった二人は、急いで洞窟から離れようとした。
その瞬間、懐中電灯が消えた。
真っ暗闇の中で、今度ははっきりと足音が聞こえた。
……ザッ。
……ザッ。
……ザッ。
誰かが、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「逃げろ!」
二人は暗闇の中を走った。
洞窟の出口に差しかかったとき、後ろから低い声がした。
「……ここを、頼む」
二人は振り返らなかった。
そのまま車まで走り、震えながらその場を離れた。
翌朝。
二人が撮影していた動画を確認すると、奇妙なことに気づいた。
洞窟の入口で撮影を始めた直後の映像。
そこには二人しか映っていない。
しかし、二人の間にある暗闇の奥から、白い人影がゆっくり近づいてきていた。
そして動画の最後。
画面には誰もいないはずの洞窟が映っていた。
そこから、小さな声が録音されていた。
「……まだ、終わっていない」
それ以来、二人は二度と西郷洞窟へ行かなかった。
そして地元では今も、夜の洞窟から聞こえる声について、こんな話が残っている。
――あの洞窟では、夜になると「帰れ」と言う声が聞こえる。
だが、本当に恐ろしいのは、その声を聞いた人ではない。
「帰れ」と言われたのに、振り返ってしまった人だ。
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