旧土合村役場跡――夜の役場
山あいに残る、古い役場跡。
昼間に見ると、ただ静かな建物跡にしか見えない。
しかし、地元では昔から、夜になると「誰もいないはずの役場に明かりがつく」という話があった。
ある男性が、深夜にその近くを車で通ったときのことだった。
時計を見ると、午前二時を少し過ぎていた。
周囲には街灯もなく、山の中は真っ暗だった。
ところが、前方にぼんやりとした明かりが見えた。
「あんな時間に誰かいるのか?」
不思議に思った男性は、車を止めた。
明かりは、古い役場跡の窓から漏れているように見えた。
建物は使われていないはずだった。
それでも、窓の向こうには確かに黄色い明かりが揺れている。
男性が車から降りると、山の中に突然、
「カタ……カタ……」
という音が響いた。
誰かが机に向かって、書類を書いているような音だった。
恐る恐る建物へ近づく。
すると、音はぴたりと止まった。
静寂の中、今度は背後から声がした。
「まだ……仕事が残っています」
男性は振り返った。
誰もいない。
それでも、すぐ耳元で聞こえたような声だった。
慌てて車へ戻ろうとした、そのとき。
建物の中から、
「カタ……カタ……」
また、机を叩くような音が聞こえ始めた。
そして窓を見ると、さっきまであった明かりが消えている。
代わりに、暗い窓の内側に人影が立っていた。
じっとこちらを見ている。
男性はその場から逃げるように車を走らせた。
それから数日後。
男性は気になって、昼間にもう一度その場所を訪れた。
もちろん、建物の中には誰もいない。
しかし、窓際には古びた机が残されていた。
その机の上には、誰かが置いたような一枚の紙があった。
男性が近づいて見る。
紙には、何も書かれていなかった。
ただ、中央に赤い印だけが押されていた。
そして、その下には小さな文字で、
「本日の業務 未完了」
と書かれていた。
男性は二度と、その場所へ夜に近づくことはなかったという。
今も山の静けさの中に残る、旧土合村役場跡。
もし深夜、そこを通ることがあったとしても――
窓に明かりが見えても、決して確認しに行ってはいけない。
その明かりは、今も誰かが「仕事」を続けている証なのかもしれない。
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