日赤のガード下――向こう側にいる女

夜の十一時を過ぎた頃。

仕事帰りの男性が、いつものように日赤の近くにあるガード下を歩いていた。

昼間なら車の音や人の声が絶えない場所だが、夜になると雰囲気が変わる。

薄暗い照明が道路を照らしているだけで、ガード下には人影がほとんどない。

その日も、男性はスマートフォンを見ながら、足早に通り抜けようとしていた。

すると――

ガードの向こう側に、一人の女性が立っていることに気づいた。

白っぽい服を着て、こちらを向いている。

こんな時間に、なぜあんな場所に立っているのだろう。

男性がそう思った瞬間、女性がゆっくりと手を上げた。

まるで、こちらへ来てほしいと言っているようだった。

男性は少し迷ったが、そのまま通り過ぎることにした。

ところが、数歩進んだところで違和感に気づいた。

――女性の姿が、見えなくなっている。

振り返ってみても、ガード下には誰もいない。

「……帰ったのか」

そう呟いて前を向いた瞬間だった。

すぐ目の前に、あの女性が立っていた。

距離は、わずか数メートル。

女性は俯いていて、顔がよく見えない。

男性は驚いて後ずさった。

そのとき、女性が小さな声で言った。

「……向こうに行かないで」

男性は意味が分からなかった。

すると女性は、ゆっくりと顔を上げた。

その顔を見た瞬間、男性は息をのんだ。

目が合っている。

しかし――

女性の顔には、目がなかった。

黒く空洞になった二つの穴だけが、こちらを見つめていた。

男性は夢中で走った。

後ろから、何かがついてくる気配がする。

振り返ることはできなかった。

ガード下を抜け、明るい道路まで出たところで、ようやく立ち止まった。

そして恐る恐る後ろを見る。

そこには誰もいなかった。

ただ、暗いガード下の奥から――

「……向こうに行かないで」

あの声だけが聞こえた。

それ以来、男性は夜の日赤のガード下を通らなくなったという。

そして奇妙なことに、後日、昼間にその場所を通ったときも、ガード下の壁には人の背丈ほどの高さに、黒い手形がいくつも残っていたという。

それが誰のものなのか。

今も分かっていない。

日赤のガード下。

もし夜にそこを通ることがあっても――

暗闇の向こうから、誰かに手招きされても、

決して近づかないほうがいいのかもしれない。

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