一ツ葉海岸 ―― 波打ち際に立つ女

夜の一ツ葉海岸には、昼間とはまるで違う顔がある。

街の明かりが遠く、海岸には波の音だけが響いている。

ある夏の夜、肝試しに訪れた数人の若者が、砂浜を歩いていた。

「……あれ?」

一人が海を指差した。

沖の暗闇に、誰かが立っている。

最初はサーファーかと思った。

しかし、波の高さを考えれば、人が立っていられる場所ではない。

しかも、その人影は海の中に腰まで浸かっているように見えた。

「こんな時間に泳いでるのか?」

そう言いながら、近づこうとした瞬間だった。

――ザァ……。

大きな波が砂浜へ押し寄せた。

波が引いたあと、人影は消えていた。

ところが、砂浜には奇妙なものが残っていた。

濡れた足跡だった。

海からこちらへ向かって、一直線に続いている。

「……誰か、上がってきた?」

全員が黙り込んだ。

足跡は一人分。

しかも裸足だった。

彼らは足跡を追った。

すると、足跡は途中で突然止まっていた。

その先には誰もいない。

「戻ろう」

誰かがそう言った瞬間――

背後から、女の声がした。

「……見つけた」

全員が振り返った。

誰もいない。

ただ、波だけが静かに寄せては返している。

そして一人が気づいた。

さっきまで海の中にあったはずの人影が、今は砂浜のずっと後ろに立っている。

長い髪。

白い服。

顔は俯いていて見えない。

「逃げろ!」

全員が走った。

車まで戻り、慌ててエンジンをかける。

そのとき、助手席に座った一人が窓の外を見た。

「……待って」

砂浜に、女が立っている。

そして女は、ゆっくりと手を上げた。

まるで、

「こっちへ来て」

と手招きするように。

車が走り出しても、女の姿は消えなかった。

バックミラーの中で、いつまでも砂浜に立っている。

翌朝。

彼らが昨夜撮った写真を確認すると、一枚だけ妙な写真があった。

暗い海を撮っただけの写真。

そこには誰も写っていない。

……はずだった。

写真を拡大すると、海の中に女が立っていた。

そして、その女の足元から砂浜へ向かって――

何十人分もの濡れた足跡が続いていた。

その中には、昨夜そこにいた人数よりも、はるかに多い足跡が混じっていたという。

それ以来、彼らは夜の一ツ葉海岸には二度と近づかなかった。

ただ、一人だけ。

あの夜から毎晩、同じ夢を見るようになった。

暗い海。

波の音。

そして、海の中から聞こえてくる女の声。

「……今度は、あなたが見つけて」

夢を見るたびに、その声は少しずつ近づいてくる。

そして最後には――

耳元で、こう囁くのだという。

「一ツ葉で、待ってるから」

コメント