六軒駅――終電のホームに立つ人

深夜、六軒駅のホームには、ほとんど人影がなかった。

その日、仕事を終えた私は、いつものように終電間際の電車を待っていた。

時刻は、午前0時を少し過ぎたころ。

ホームに吹く風は冷たく、駅の照明だけが妙に明るく感じられた。

ふと線路の向こうを見ると、ホームの端に誰かが立っている。

黒っぽい服を着た人影だった。

「こんな時間に、誰だろう……」

そう思った瞬間、その人影がこちらを向いた。

顔は、よく見えなかった。

ただ、じっとこちらを見ているような気がした。

私は気味が悪くなり、視線を外した。

そして、再び見る。

――いない。

さっきまで確かに立っていた場所には、誰もいなかった。

その直後だった。

「……すみません」

背後から、小さな声が聞こえた。

振り返る。

しかし、そこにも誰もいない。

気のせいだと思い、電車が来る方向へ向き直った。

すると、線路の先から電車のライトが見えた。

私は少し安心した。

ところが、電車が近づいてきても、なぜか警笛が鳴らない。

そして、ホームに入ってきた電車の窓を見ると、異変に気づいた。

車内にいる乗客が、全員こちらを向いている。

誰一人として動かない。

ただ、全員が窓越しに私を見ていた。

電車が停車する。

ドアが開いた。

私は乗り込もうとした。

その瞬間、車内の一番奥に、さっきホームの端に立っていた人影が見えた。

そして、その人影がゆっくりと手を上げた。

まるで、

「こっちへ来い」

と呼んでいるようだった。

私は恐ろしくなり、一歩後ろへ下がった。

すると突然、ドアが閉まった。

電車はそのまま走り去っていった。

ホームには、私一人だけが残された。

……と思った。

「すみません」

また、背後から声がした。

今度は、はっきり聞こえた。

振り返ると、そこには誰もいない。

ただ、足元に濡れた靴跡が残っていた。

しかも、その靴跡は線路側から私のところまで続いていた。

私は怖くなり、その場から逃げるように駅を出た。

後日、駅員にその夜のことを話してみた。

すると駅員は少し黙ったあと、

「終電のあとに、ホームに残っている人は……気をつけたほうがいいですよ」

とだけ言った。

理由を聞いても、それ以上は何も教えてくれなかった。

それ以来、私は六軒駅を利用するとき、必ず周囲を確認するようになった。

特に、終電間際。

ホームの端に、誰かが立っていないか。

そして――

背後から、

「すみません」

という声が聞こえてこないか。

もし六軒駅で、誰もいないはずなのに声をかけられても、

絶対に振り返ってはいけない。

その声の主が、本当に人間なのかどうか。

それを確かめる方法は、ないのだから。

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