首切地蔵――夜道に現れる首のない影

昔から、その場所には「夜に近づいてはいけない」と言われていた。

山道の脇にひっそりと立つ、小さな地蔵。
その姿から、いつしか人々は「首切地蔵」と呼ぶようになった。

ある夏の夜、仕事帰りの男が近道をするため、その道を通った。

時刻は深夜十一時を過ぎていた。

昼間なら何でもない道だったが、夜になると街灯も少なく、周囲は不気味なほど静まり返っていた。

男が地蔵の前を通り過ぎようとした、そのときだった。

「……カツン」

背後から、小さな音が聞こえた。

振り返る。

誰もいない。

風で小石でも転がったのだろう。
そう思って歩き出した。

しかし、数歩進んだところで、また音がした。

「カツン……カツン……」

まるで、誰かが硬いものを引きずりながら歩いているような音だった。

男は気味が悪くなり、振り返った。

すると――

さっきまで地蔵の横にあったはずの影が、少しだけ近づいていた。

街灯に照らされたその影は、人の形をしていた。

だが、おかしい。

頭の部分が、なかった。

男は息を呑んだ。

「……誰だ?」

返事はない。

その瞬間、耳元で低い声がした。

「……返して……」

男は反射的に走り出した。

何を返せと言っているのか分からない。

ただ、背後から聞こえる足音だけが、どんどん近づいてくる。

「カツン……」

「カツン……」

「カツン……」

そして突然、男の背中に冷たい何かが触れた。

振り返ることはできなかった。

怖くて、ただ必死に走った。

ようやく明るい道路まで出たところで、男は息を切らしながら立ち止まった。

恐る恐る後ろを見る。

誰もいない。

ほっとした男は、そのまま家へ帰った。

しかし翌朝。

男は玄関の前で、奇妙なものを見つけた。

泥のついた小さな石だった。

昨夜、首切地蔵の前に落ちていたものと、よく似ていた。

そして石の表面には、赤黒い跡がひと筋だけ付いていた。

それ以来、男はその道を二度と通らなくなったという。

だが――

近所の人によれば、今でも深夜になると、首切地蔵の周辺から、

「カツン……カツン……」

という音が聞こえることがあるらしい。

そして、その音を聞いて振り返った人は、決まってこう話す。

「地蔵の影の隣に……もう一つ、首のない影が立っていた」

首切地蔵は、今夜も何も語らず、道端に立っている。

ただ、その足元には――

誰が置いたのか分からない、小さな石が一つだけ転がっている。

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