浦戸大橋――欄干の向こう
高知市から桂浜方面へ向かう途中、夜の浦戸大橋を渡っていた。
時刻は午前一時を少し過ぎた頃だった。
昼間なら海と街の灯りが見えるはずなのに、その夜は霧が濃く、橋の上から見えるのは黒い海だけだった。
「……なんか、今日の橋、怖くない?」
助手席の友人がそう言った。
私は笑って、「霧のせいやろ」と答えた。
その直後だった。
車のライトの先に、何かが見えた。
橋の歩道側。
白い服を着た女が、欄干の向こう側に立っていた。
「……人?」
車を少し減速させた。
女は海の方を向いていて、こちらには背中しか見えない。
こんな時間に、なぜあんな場所にいるのか。
不思議に思いながら通り過ぎようとした、その瞬間――
女がゆっくり振り返った。
顔は見えなかった。
長い髪が風もないのに顔全体を覆っていた。
そして、女が片手を上げた。
まるで、
「止まって」
そう言っているように。
私は怖くなり、アクセルを踏んだ。
そのまま橋を渡り切った。
しばらくして、友人が小さな声で言った。
「……今の、見た?」
「見た。女やろ?」
「違う」
友人は青ざめていた。
「欄干の……外側に立ってた」
私は何も言えなかった。
橋の欄干の外。
そこに、人間が立てるような場所などない。
その後、私たちはコンビニに車を止めた。
そして何気なく、車の後部座席を見た。
そこに――
濡れた足跡があった。
後部座席から、運転席へ向かって続く、小さな裸足の跡。
そして最後の一つは、
運転席のすぐ後ろで止まっていた。
その日以来、私は夜の浦戸大橋を渡っていない。
ただ、地元の友人から聞いた話では、
深夜に橋を渡っていると、海の方から女の声が聞こえることがあるという。
「……止まって」
もしその声を聞いても、絶対に橋の下を覗いてはいけない。
覗いた人は、
海面ではなく――
橋の欄干の外側から、こちらを見上げている女を見ることになる。
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