緑山公園――誰もいないトイレ
深夜の緑山公園は、昼間とはまるで別の場所だった。
住宅街のすぐ近くにある公園なのに、夜になると人の気配が完全に消える。
その日、私は友人と二人で緑山公園を訪れていた。
「ここ、本当に普通の公園だよな?」
友人が小声で言った。
園内には慰霊碑があり、この場所がかつて陸軍墓地だったという話を聞いていた。
そして、もう一つ。
公園のトイレでは、昔、男性が首を吊って亡くなったという噂がある。
午前一時を過ぎた頃。
私たちは、そのトイレの前まで来た。
「……入ってみる?」
冗談半分で友人がドアを開けた。
中には誰もいない。
電気をつけると、古い蛍光灯が、
ジジジ……。
と音を立てた。
その瞬間だった。
トイレの奥から、
「……コン」
小さな音がした。
「今、聞こえた?」
友人が振り返る。
「何が?」
「ノックみたいな音」
私には何も聞こえなかった。
気のせいだと思い、二人でトイレを出た。
そして公園の出口へ向かおうとした、その時――。
背後から、
「……コン」
また音がした。
今度は、はっきり聞こえた。
振り返る。
トイレの入口には、誰もいない。
「……帰ろう」
友人が言った。
その声が震えていた。
私たちは急いで歩き始めた。
ところが――。
「待って」
突然、友人が立ち止まった。
「……足音、聞こえない?」
耳を澄ます。
タッ……。
タッ……。
タッ……。
確かに、後ろから誰かが歩いてくる。
二人分の足音ではない。
一人。
ゆっくりと。
一定の間隔で。
私たちは振り返らず、そのまま歩いた。
すると足音も止まった。
……静かになった。
「もういない?」
そう思った瞬間。
耳元で、
「……ひとり?」
女とも男ともつかない声がした。
私たちは同時に振り返った。
誰もいない。
ただ、遠くにあるトイレの窓だけが見えていた。
そして、その窓の中に――
人影が立っていた。
首を不自然な角度に傾けた、人の姿。
「走れ!」
友人が叫んだ。
私たちは夢中で公園を飛び出した。
車に乗り込み、すぐにエンジンをかける。
その時だった。
助手席に座った友人が、青ざめた顔で私を見た。
「……なあ」
「何?」
「俺たち……二人で来たよな?」
「当たり前だろ」
友人は震える手で、スマートフォンの画面を見せてきた。
さっき、公園を歩いているときに撮影した動画だった。
再生する。
暗い公園。
私と友人が歩いている。
そして、その後ろ。
数メートル離れた場所を、
誰かが歩いている。
顔は見えない。
ただ、首だけが異様に傾いている。
私たちは息を呑んだ。
すると動画の最後。
公園を出る直前の映像に、奇妙な声が入っていた。
「……ひとり、置いていくの?」
そこで動画は終わった。
その夜以来、私たちは緑山公園には近づいていない。
ただ一つだけ、今でも気になっていることがある。
あの動画を撮影したとき――
私たちは、後ろを歩く「三人目」に、
一度も気づいていなかった。
そして後日、地元の人から聞いた。
「あの公園ではね、夜に足音が聞こえても、絶対に振り返っちゃいけないんだよ」
「どうして?」
そう聞くと、その人は少し黙ってから答えた。
「振り返った人の後ろには……必ず一人、増えてるから」
――緑山公園。
今夜も誰もいないはずの公園で、
タッ……。
タッ……。
と、誰かの足音が聞こえているのかもしれない。
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