金城ふ頭――海から聞こえる声

名古屋市港区にある金城ふ頭。

昼間は多くの人が訪れる場所だが、夜になると人の姿は一気に少なくなる。

ある夏の夜、私は友人と二人で金城ふ頭を訪れた。

時計は午前一時を過ぎていた。

周囲には大きな倉庫やコンテナが並び、遠くには港の明かりが見えている。

風はほとんどなかった。

それなのに、海の方からだけ、妙に冷たい風が吹いていた。

「……なんか、ここ寒くない?」

友人がそう言った。

私は笑って、

「海だからじゃない?」

と答えた。

そのまま二人で海沿いを歩いていると、突然、遠くの暗闇から声が聞こえた。

「……すみません」

小さな女の声だった。

私たちは立ち止まった。

周囲を見回しても、人影はない。

「今、聞こえたよな?」

友人がそう言った。

私も確かに聞いた。

声がしたのは、海の方だった。

気になった私は、海沿いへ少し近づいた。

すると、また声がした。

「……すみません」

今度は、さっきより近い。

だが、海には誰もいない。

黒い水面が、街灯の光を反射しているだけだった。

「もう帰ろう」

友人が急にそう言った。

その瞬間だった。

海の方から、

「……こっち」

と聞こえた。

私は思わず海を見た。

すると、水面のすぐ近くに、人の頭のようなものが浮かんでいた。

長い髪が水面に広がっている。

「人……?」

そう思って一歩近づいた。

しかし、その姿はまったく動かなかった。

友人が私の腕をつかんだ。

「見るな」

低い声だった。

「でも、あれ……」

「いいから」

友人に引っ張られるようにして、その場を離れた。

車まで戻る途中、私は何度も後ろを振り返った。

誰もいない。

そう思った。

だが、車に乗り込んだ瞬間、後部座席から、

「……すみません」

と聞こえた。

二人とも凍りついた。

ゆっくり後ろを見る。

もちろん、誰もいない。

しかし、後部座席の窓には、濡れた手形がいくつも残っていた。

外側ではなく――

車内側に。

それ以来、友人は夜の金城ふ頭には絶対に行かなくなったという。

そして私も、港の暗い海を見るたびに思い出す。

あの夜、海に浮かんでいたものは、本当に「人」だったのだろうか。

それとも――

海から上がってきた何かが、私たちの車までついてきていたのだろうか。

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