坂東大橋――橋の下から聞こえる声
深夜の坂東大橋を、一人の男が車で渡っていた。
時刻は午前一時を過ぎていた。
昼間なら車の往来もある橋だが、その時間になると辺りは驚くほど静かだった。
橋の中央付近まで来たとき、男はふと違和感を覚えた。
――誰か、橋の上にいる。
前方の歩道に、白っぽい服を着た人影が立っていた。
街灯に照らされているはずなのに、顔だけが妙に暗くて見えない。
男は速度を落とした。
しかし、車が人影の横を通り過ぎた瞬間、その姿は消えていた。
「……?」
バックミラーを見る。
誰もいない。
気のせいだと思い、そのまま橋を渡り切った。
ところが、その直後。
車の後部座席から、
「……すみません」
と、女の声が聞こえた。
男は凍りついた。
車内には自分しかいない。
恐る恐るバックミラーを確認する。
後部座席には、誰もいない。
それでも、声はもう一度聞こえた。
「……橋の下に、落ちちゃった」
男はアクセルを踏み込んだ。
その瞬間、カーナビの画面が突然消えた。
そして真っ暗な画面に、文字が浮かび上がった。
「もう一度、橋を渡って」
男は車を止めなかった。
そのまま自宅まで戻り、震える手で車から降りた。
翌朝、恐る恐る車内を確認すると、後部座席のシートが濡れていた。
雨は降っていない。
さらに、シートの中央には泥のついた手形が一つだけ残されていた。
男はその日以来、坂東大橋を通ることを避けるようになった。
しかし数週間後。
仕事で、どうしても夜中に橋を渡らなければならなくなった。
橋の上に差しかかったとき、車の後部座席から、また声がした。
「……今度は、ちゃんと見つけて」
男がバックミラーを見る。
そこには――
濡れた髪を顔に張り付かせた女が、静かに座っていた。
そして女は、橋の下を指差していた。
「……まだ、あそこにいるから」
その瞬間、車の窓ガラスを外側から、
コン、コン、コン……
と誰かが叩き始めた。
男は前だけを見て、アクセルを踏み続けた。
けれど橋を渡り終える直前、カーナビから小さな声が聞こえた。
「次は、あなたが落ちる番」
それ以来、深夜の坂東大橋では、
橋の下から誰かに呼ばれたような声を聞いたという話が、ひそかに囁かれている。
もちろん、それが本当に橋の下から聞こえているのか。
それとも――
橋を渡っている人のすぐ後ろから聞こえているのか。
それを確かめようとする人はいない。
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