月光の滝――夜の滝壺から聞こえる声

夏の終わり、男は一人で月光の滝を訪れた。

昼間は観光客もいる場所だったが、夜になると辺りは驚くほど静かだった。

懐中電灯を頼りに滝へ近づくと、木々の隙間から月明かりが差し込み、白い滝がぼんやりと浮かんでいた。

「きれいだな……」

そう呟いた瞬間だった。

滝の音に混じって、どこからか小さな声が聞こえた。

「……ねえ」

男は振り返った。

誰もいない。

気のせいだと思い、滝へ向き直る。

すると、また聞こえた。

「……こっち」

今度は、はっきり聞こえた。

声は滝壺の方からだった。

男がライトを向けると、黒い水面の中央に、何か白いものが浮かんでいる。

最初は木の枝だと思った。

しかし、それはゆっくりと水の中へ沈んだ。

その直後――

「助けて……」

女の声がした。

男は怖くなり、後ずさった。

すると突然、滝の音が止まった。

完全な静寂。

そして暗闇の中から、

「……見つけた」

という声が聞こえた。

男が振り返る。

そこには、濡れた長い髪を垂らした女が立っていた。

顔は髪に隠れて見えない。

服からは水が滴り落ち、足元には小さな水溜まりができている。

男が悲鳴を上げて逃げ出そうとした瞬間、女がゆっくり顔を上げた。

その顔を見た男は、その場で動けなくなった。

女の顔には――

目がなかった。

翌朝。

滝の近くには男の懐中電灯だけが落ちていた。

男の姿は、どこにもなかった。

そして、それ以来、夜に月光の滝を訪れた人の中には、

「滝の音に混じって、誰かが自分の名前を呼んでいる」

という声を聞く者がいるという。

不思議なのは、その声が必ず、

「こっちに来て」

と続くことだった。

そして、声に誘われて滝壺へ近づいた人は――

二度と戻ってこない。

月明かりが滝を照らす夜。

今でも滝の奥から、誰かを呼ぶ声が聞こえるという。

「……ねえ」

「……こっち」

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