保津峡の赤い橋――橋の下から聞こえる声
京都の保津峡には、深い谷をまたぐように赤い橋が架かっています。
昼間は観光客も多く、周囲の緑と赤い橋の色がよく映える場所です。
しかし、日が落ちると雰囲気は一変します。
これは、ある男性が友人と二人で保津峡を訪れたときの話です。
二人が到着したのは、夜の11時を過ぎた頃でした。
「こんな時間に来る場所じゃないな」
友人がそう言いながら、赤い橋を見上げました。
周囲には民家もほとんどなく、聞こえてくるのは川の流れる音だけ。
二人は橋の近くまで歩いていきました。
そのときでした。
「……助けて」
小さな声が聞こえたのです。
二人は同時に立ち止まりました。
声は、橋の下から聞こえたようでした。
「今、何か聞こえた?」
友人が尋ねます。
男性は黙って頷きました。
川沿いを覗き込んでみましたが、暗くて何も見えません。
懐中電灯を向けても、岩と木々が見えるだけです。
「気のせいだろ」
そう言って戻ろうとした瞬間。
今度は、はっきり聞こえました。
「……こっち……」
二人の背後。
赤い橋の中央付近からでした。
振り返ると、橋の上には誰もいません。
ところが、橋の欄干の向こう側に、
白っぽいものが立っているのが見えました。
人影のようにも見えました。
「誰かいるぞ」
友人が一歩近づいた、その瞬間。
人影が、欄干の向こうへゆっくり消えました。
まるで、橋の外側へ落ちていったように。
二人は慌てて橋の下を確認しました。
しかし、そこには誰もいません。
川の音だけが響いていました。
「帰ろう」
友人が小さな声で言いました。
二人が車へ戻り始めたときでした。
背後から、
カン……
カン……
カン……
と、橋を何かで叩くような音が聞こえてきました。
振り返ると、赤い橋の欄干が揺れていました。
風はありません。
それなのに、一定の間隔で橋が揺れているのです。
そして最後に、
「……助けて」
今度は、すぐ耳元で聞こえました。
二人は振り返りませんでした。
そのまま走って車へ戻り、急いでその場を離れました。
翌日、男性は友人に電話をしました。
「昨日のこと、覚えてる?」
すると友人はしばらく黙ったあと、
「……橋の下に、誰かいたよな」
そう言ったそうです。
男性は背筋が凍りました。
自分たちが見たのは、橋の上の人影だけ。
橋の下には、誰もいなかったはずです。
しかし友人は言いました。
「俺たちが橋を渡ってるとき、下からずっと誰かが見上げてた」
その言葉を最後に、二人はその夜のことを二度と話さなくなったそうです。
保津峡の赤い橋。
そこを夜に訪れると、橋の下から誰かに呼ばれても、決して覗き込んではいけない。
そんな噂が、今もひっそりと語られているのです。
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