城ヶ倉大橋 ―― 橋の下から呼ぶ声

青森の山奥にある城ヶ倉大橋。

深い谷をまたぐように架かるその橋は、昼間に訪れれば美しい景色を楽しめる場所だった。

しかし、地元では昔から、こんな噂が囁かれていた。

「夜の橋では、下から声が聞こえることがある」

ある秋の夜、男は友人と二人で城ヶ倉大橋を訪れた。

時刻は午後11時を過ぎていた。

車を橋の近くに停め、二人で歩道へ出る。

周囲には街灯があるものの、谷底まではほとんど見えない。

風が吹くたび、木々がざわざわと音を立てていた。

「さすがに夜は怖いな」

友人が笑った。

そのときだった。

橋の下から、

「……おーい」

小さな声が聞こえた。

二人は同時に立ち止まった。

「今、聞こえた?」

「……聞こえた」

谷底から誰かが呼んでいるようだった。

しかし、こんな時間に、あの深い谷の中に人がいるとは思えない。

男が橋の下を覗き込もうとした瞬間――

「おーい……」

今度は、はっきり聞こえた。

しかも先ほどより近い。

友人が青ざめた。

「……もう行こう」

二人は急いで車へ戻ろうとした。

ところが、数歩歩いたところで男は気づいた。

友人がいない。

「おい?」

振り返る。

橋の中央に、友人が立っていた。

そして、手すりの向こう側をじっと見つめている。

「何してるんだよ!」

男が駆け寄る。

友人はゆっくり振り返った。

その顔からは、血の気が完全に消えていた。

「……下にいる」

「何が?」

友人は震える指で谷底を指差した。

「俺たちを見てる」

男も恐る恐る下を見た。

当然、何も見えない。

ただ、真っ暗な谷が広がっているだけだった。

「何もいないだろ」

そう言って友人の肩を掴んだ、その瞬間。

橋の下から、

「……二人とも……」

声がした。

男は凍りついた。

なぜなら、その声は――

自分自身の声だった。

「……こっちにおいで」

谷底から、自分とまったく同じ声が響いてくる。

友人が叫んだ。

「走れ!」

二人は振り返り、一目散に車へ向かった。

エンジンをかけ、橋を離れる。

しばらくして男がバックミラーを見ると、橋が遠ざかっていく。

そのときだった。

後部座席から、

「……おーい」

声がした。

男は急ブレーキを踏んだ。

友人も振り返る。

しかし、後部座席には誰もいない。

二人は何も言えなくなった。

そして翌朝。

男が昨夜のことを思い出しながらスマートフォンを確認すると、奇妙な録音データが残っていた。

昨夜、橋の上で誤って録音ボタンを押していたらしい。

再生してみる。

風の音。

二人の足音。

そして、あの声。

「おーい……」

そこまでは昨夜と同じだった。

しかし、最後に二人が車へ逃げた後。

録音には、もう一つの声が入っていた。

それは、とても小さな声だった。

「……一人、置いていったね」

男は慌てて友人へ電話をかけた。

だが――

電話は繋がらなかった。

その日の昼、友人の家族から連絡が入った。

友人は昨夜、帰宅していなかったという。

男は言葉を失った。

そして、それ以来。

城ヶ倉大橋を夜に訪れた人の中には、

「橋の下から、自分の名前を呼ばれた」

という者がいるという。

もし、夜の橋で誰かに呼ばれても――

決して谷底を覗き込んではいけない。

そこにいる「誰か」は、

あなたを見つけるまで、

何度でも呼び続けるからだ。

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