旧長野トンネル――後ろから来る車
深夜、友人と二人で旧長野トンネルへ向かった。
目的は、トンネルの中を撮影することだった。
時刻は午前二時。
山道には街灯もほとんどなく、車のヘッドライトだけが暗闇を照らしていた。
トンネルの前に車を停める。
周囲は静まり返っていた。
エンジンを切ると、聞こえるのは風の音だけ。
「本当に何もないな」
友人がそう言って、スマートフォンを持ってトンネルへ入った。
二人で歩き始める。
コツ……コツ……。
靴音がトンネルの壁に反響する。
しばらく進んだところで、友人が突然立ち止まった。
「今、後ろから車来なかった?」
耳を澄ます。
すると確かに、
ブゥゥゥ……。
遠くからエンジン音のようなものが聞こえた。
振り返る。
しかし、そこには何もない。
「気のせいじゃない?」
そう言って歩き始めた。
ところが数秒後、
ブゥゥゥ……。
今度は、はっきり聞こえた。
しかも音が近づいている。
トンネルの中を車が走ってくるようだった。
二人は壁際に寄った。
ライトが見えるかと思い、暗闇の奥を見つめる。
しかし、車の姿は見えない。
それなのに、
エンジン音だけが近づいてくる。
ブゥゥゥ……。
ブゥゥゥ……。
そして――
耳元を何かが通り過ぎた。
風圧だけが頬を撫でる。
二人とも声が出なかった。
車が通ったはずなのに、ライトも車体も見えなかった。
慌てて入口へ戻る。
すると今度は、後ろからタイヤの音が聞こえた。
ゴォォォ……。
振り返る。
誰もいない。
それでも音だけは、二人のすぐ後ろまで迫ってくる。
友人が突然、
「走れ!」
と叫んだ。
二人は一気に入口へ向かって走った。
その瞬間――
トンネルの奥から、
「キィィィィィ……」
という急ブレーキのような音が響いた。
そして、完全に音が消えた。
外へ飛び出し、車まで戻る。
二人とも息を切らしながら、すぐに車へ乗り込んだ。
エンジンをかけようとした、その時だった。
車の後部座席から、
「コン……コン……」
と窓を叩く音がした。
二人は凍りついた。
ゆっくりバックミラーを見る。
後部座席には誰もいない。
もう一度、
「コン……コン……」
今度は反対側の窓から聞こえた。
そのまま車を発進させ、山道を下った。
翌日、撮影した映像を確認した。
トンネルの中でエンジン音が聞こえ始めた場面。
映像には何も映っていない。
だが、音声だけを確認すると――
エンジン音に混じって、はっきりと人の声が入っていた。
「……乗せて」
二人は、その言葉を聞いた瞬間に映像を消した。
それ以来、旧長野トンネルには近づいていない。
ただ、友人には今でも一つだけ気になることがあるという。
あの夜、二人の車には乗っていなかったはずの誰かが、
帰宅した翌朝、
車の後部座席に泥のついた足跡を一つだけ残していたという。
コメント
コメントを投稿