篠田病院前――午前二時の少女

山形駅から少し離れた、篠田病院前。

昼間なら人通りも多く、車の音や駅へ向かう人の話し声が絶えない場所だった。

しかし、午前二時を過ぎると、そこは別の場所になる。

その夜、私は一人で車を走らせていた。

仕事が長引き、帰宅する途中だった。

信号が赤になり、私は病院前の交差点で車を止めた。

周囲には誰もいない。

街灯だけが、道路をぼんやり照らしていた。

そのときだった。

――コン。

車の後ろから、何かを叩く音がした。

「……?」

バックミラーを見る。

誰もいない。

気のせいだと思い、前を向いた。

すると、歩道の端に少女が立っていた。

白い服。

長い髪。

こちらに背を向けている。

こんな時間に子どもが一人でいることに違和感を覚えた。

「大丈夫か?」

窓を開けようとした、その瞬間。

少女がゆっくり振り返った。

顔は見えなかった。

長い髪が顔全体を覆っていた。

そして――

少女の口元だけが、髪の隙間から見えた。

笑っていた。

私は反射的に窓を閉めた。

信号が青に変わる。

アクセルを踏み、その場から離れた。

数百メートル走ったところで、ようやく息を吐いた。

「……なんだったんだ、今の」

そのとき。

後部座席から、

――「ねえ」

小さな声がした。

全身が凍った。

ゆっくりバックミラーを見る。

誰もいない。

だが、後部座席のシートには――

小さな水滴がいくつも落ちていた。

まるで、雨に濡れた誰かが座っていたように。

私は車を停めず、そのまま家まで走った。

翌朝。

車を確認すると、後部座席の窓に小さな手形が残っていた。

内側から。

そして、その手形の横には、指で書いたような文字があった。

――「おいていかないで」

私は怖くなり、すぐに車を売ることにした。

ところが、数日後。

売却した車について、販売店から電話がかかってきた。

「すみません……少し確認したいことがあるんですが」

担当者の声が震えていた。

「後部座席に、何か心当たりありますか?」

「……何かって?」

しばらく沈黙したあと、担当者は言った。

「昨日の夜、車の点検をしていたんです」

「誰も乗っていないはずなのに……」

「後部座席から、子どもの声がしたんです」

そして最後に、担当者はこう言った。

「『次は病院まで送って』って……」

それ以来、私は二度とあの場所を通らなくなった。

ただ、今でも不思議に思うことがある。

あの夜、私が見た少女。

あの子は――

歩道に立っていたのではなかった。

私の車の後部座席を見つめながら、ずっと立っていたのだ。

まるで最初から、

私の車に乗るつもりだったかのように。

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