筆山公園――黒門の向こう側

高知市の夜景を見下ろす筆山公園。

昼間なら、街の喧騒から少し離れて景色を楽しめる場所だ。

しかし、日が落ちると――山の空気はまるで別のものになる。

これは、ある男性が友人から聞いた話だ。


その男性が筆山を訪れたのは、深夜のことだった。

「筆山って、夜景が綺麗らしいぞ」

そう友人に言われ、軽い気持ちで車を走らせた。

山道を上っていくにつれ、周囲から民家の明かりが消えていく。

やがて車を降りると、

「……静かすぎるな」

虫の声すら、ほとんど聞こえなかった。

懐中電灯を持ち、展望台へ向かって歩いていると、少し先に黒い門が見えた。

後から調べると、それは山内家墓所へ続く「黒門」だった。

男性は門の前で立ち止まり、何気なくスマートフォンを取り出した。

カシャッ。

写真を一枚撮った。

その瞬間だった。

――カチッ。

背後で、小さな音がした。

振り返る。

誰もいない。

「気のせいか……」

そう呟いて、再び歩き始めた。

ところが。

十メートルほど進んだところで、背後から声がした。

「……もしもし」

男性は足を止めた。

今度は、はっきり聞こえた。

「……もしもし」

若い男の声だった。

恐る恐る振り返る。

やはり誰もいない。

だが、黒門の前に――

白い人影が立っていた。

男性は息を呑んだ。

人影は、こちらを向いている。

顔は見えない。

ただ、じっと立っている。

「誰ですか?」

声をかけても返事はない。

すると突然、人影が一歩だけ前に出た。

……ザッ。

そして、また一歩。

……ザッ。

男性は怖くなり、走って車へ戻った。

エンジンをかけ、山を下りる。

その途中、震える手で先ほど撮った写真を確認した。

黒門が写っている。

だが――

写真の右端に、何かが立っていた。

白い服を着た男。

男性は拡大した。

そして、凍りついた。

その男の顔は、

自分の背後ではなく、カメラのすぐ横を向いていた。

まるで、写真を撮っている男性を覗き込んでいるように。

さらに恐ろしかったのは、その男の口だった。

大きく開いていた。

そして写真を拡大すると――

男の口元に、こう読める形の歪みがあった。

「……もしもし」


男性はその写真を消した。

しかし、数日後。

友人にその話をすると、

「写真、まだスマホに残ってるぞ」

と言われた。

そんなはずはない。

確かに消した。

友人が見せてきた写真には、あの黒門が写っていた。

そして、その横に立つ白い男。

だが――

前に見た写真とは違っていた。

男の姿が、

少しだけ近づいていた。

男性は慌ててスマートフォンを閉じた。

その夜。

自宅で眠っていると、

枕元から小さな声がした。

「……もしもし」

男性は目を開けなかった。

怖くて、動けなかった。

すると、今度は耳元で声がした。

「黒門……まだ、開いてるよ」

その瞬間。

部屋の中で、

カシャッ。

スマートフォンのカメラが勝手に起動した。

画面に映っていたのは――

暗い部屋ではなかった。

筆山の黒門だった。

そして、その門の前に、

あの白い男が立っている。

男はゆっくり顔を上げた。

画面越しに、こちらを見る。

そして――

今度は、はっきりと笑った。

「……次は、こっちから行く」

そこで画面が真っ暗になった。

翌朝。

男性のスマートフォンには、一枚の新しい写真が保存されていた。

撮影場所は――

筆山公園。

時刻は午前二時十三分。

写真には黒門が写っていた。

しかし、そこに人影はなかった。

代わりに――

黒門の向こう側から、

こちらへ伸びてくる一本の白い手だけが写っていた。

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