太白山トンネル――出口に立つ女
夜の太白山を車で走っていた。
時計は午前一時を少し回っていた。
山道には街灯がほとんどなく、ヘッドライトが照らす先だけが、闇の中に細く浮かんでいる。
しばらくすると、前方にトンネルが見えてきた。
「……ここか」
太白山トンネルだった。
古いトンネル特有の、入口から吸い込まれるような暗さがある。
車を進める。
トンネルの中に入った瞬間、ラジオの音が途切れた。
ザーッ……。
そして、後部座席から、
「……コン、コン」
と小さな音がした。
何かが窓を叩いたような音だった。
「気のせいだろ」
そう思って、そのまま走った。
しかし、また聞こえた。
「コン……コン……」
今度ははっきり聞こえた。
バックミラーを見る。
誰もいない。
後部座席も空っぽだ。
ところが、トンネルの出口が近づいてきたときだった。
ヘッドライトの先に、人影が立っていた。
白っぽい服を着た女だった。
トンネルの真ん中に、こちらを向いて立っている。
「危ない!」
慌ててブレーキを踏んだ。
車は女の手前で止まった。
だが――
女は動かなかった。
クラクションを鳴らしても反応しない。
仕方なく、車を少し前へ進めようとした。
その瞬間。
女の顔が、ゆっくりこちらを向いた。
顔が見えた。
しかし、目も鼻も口もなかった。
ただ、真っ白な顔だけがこちらを向いていた。
「……!」
アクセルを踏み込んだ。
車は女の横をすり抜け、トンネルの外へ飛び出した。
そのまま山道を下り、明るい場所まで走った。
そしてコンビニの駐車場で車を止めた。
震える手でスマートフォンを取り出す。
そこで気づいた。
後部座席の窓に、内側から手形がついていた。
ひとつ。
ふたつ。
そして――
運転席のすぐ後ろに、もうひとつ。
まるで誰かが後部座席から身を乗り出して、運転している自分の肩に手を伸ばしたような位置だった。
怖くなって車から降りた。
しかし、最後にもう一度だけバックミラーを見た。
誰もいない。
……と思った。
鏡の端に、トンネルが映っていた。
さっき出てきたはずの太白山トンネル。
その入口に、白い服の女が立っている。
そして女は、
こちらを見ながら、
ゆっくり手を上げていた。
その夜以来、彼は太白山トンネルを通らなくなった。
だが後になって、車を点検した整備士が不思議なことを言った。
「この手形……外からついたものじゃないですよ」
「え?」
「全部、車の内側についてます」
――まるで、誰かが車の中から外へ出ようとしていたかのように。
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