琵琶湖大橋・螺旋階段

深夜、琵琶湖大橋を車で渡っていた。

午前二時を過ぎていたこともあり、橋の上にはほとんど車が走っていない。

湖面は真っ暗で、遠くの街明かりだけが水面にぼんやり浮かんでいた。

そのとき、橋の途中にある螺旋階段が目に入った。

橋の下へ降りるための階段だった。

「こんなところに階段なんてあったんだ……」

気になった男は、車を脇に停め、階段を降りてみることにした。

入口を抜けると、そこには細い螺旋階段が続いていた。

一段、また一段。

足音がコンクリートの壁に反響する。

――カン……カン……カン……

かなり下まで降りたところで、男は妙なことに気づいた。

自分の足音とは別に、

――カン……カン……

もう一つ、足音が聞こえる。

「……誰かいるのか?」

振り返った。

誰もいない。

それでも足音は止まらない。

むしろ、少しずつ近づいてくる。

――カン……

――カン……

――カン……

男は怖くなり、階段を上り始めた。

すると今度は、下から声がした。

「……待って」

男の足が止まった。

低く、かすれた女の声だった。

「待って……」

振り返ってはいけない。

そんな直感があった。

男は無視して、必死に階段を上った。

ところが、どれだけ上っても出口が見えてこない。

さっきまで見えていた橋の明かりも消えている。

そして背後から、

――カン……カン……カン……

足音がどんどん近づいてくる。

男は走った。

すると耳元で、

「……上に行かないで」

女の声がした。

男は恐怖で振り返った。

そこには、長い髪を顔の前に垂らした女が立っていた。

しかし、その女の身体は――

階段に立っていなかった。

宙に浮いていた。

男は声にならない悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。

気がつくと、彼は橋の上に倒れていた。

警察に保護されたとき、男は何度も同じことを繰り返していた。

「階段が……終わらなかった」

「ずっと下に続いてた……」

そして最後に、震えながらこう言ったという。

「俺の後ろにいた女……」

「ずっと、階段を上ってきてたんです」

「でも……」

「足音は、一度も二つじゃなかった」

その意味が分からず、警察官が尋ねた。

「どういうことですか?」

男は青ざめた顔で答えた。

「足音は……三つでした」

「俺の足音と……女の足音」

「それから……」

「もう一人分の足音が、ずっと俺の前を歩いていたんです」

それ以来、深夜の琵琶湖大橋で螺旋階段を見かけても、

決して一人では降りてはいけない。

そんな噂が囁かれるようになった。

そして、もし階段を下りている途中で、

――自分の足音より一つ多い音が聞こえたら。

そのときは、振り返らずに戻ったほうがいい。

なぜなら、その「もう一人」は、

あなたの後ろではなく、最初からあなたの前を歩いているのかもしれない。

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