名古屋城――夜の石垣に立つ女
ある夏の夜、名古屋城の近くを車で通った男性がいた。
時刻は午前一時を過ぎていた。
昼間なら観光客で賑わう名古屋城も、この時間になると人影はほとんどない。ライトに照らされた石垣だけが、暗闇の中に浮かんでいた。
男性は何気なく車を走らせながら、城の石垣を眺めていた。
そのときだった。
石垣の上に、誰かが立っているのが見えた。
白い服を着た女だった。
「こんな時間に……?」
そう思い、男性は速度を落とした。
女は石垣の上から、じっとこちらを見下ろしている。
顔までは見えない。
ただ、長い髪だけが風もないのに揺れていた。
男性がもう一度確認しようとした瞬間――
女の姿が消えた。
「見間違いか……」
そう思って車を走らせたが、数百メートルほど進んだところで、妙なことに気づいた。
車の後部座席から、
「コン……」
と、小さな音がした。
誰も乗せていないはずだった。
気のせいだと思い、そのまま走り続ける。
すると今度は、
「コン……コン……」
窓を内側から叩くような音が聞こえた。
男性は怖くなり、バックミラーを見た。
そこには――
後部座席に、先ほど石垣の上に立っていた女が座っていた。
長い髪で顔を隠し、俯いている。
男性は慌てて車を停めた。
しかし、振り返っても後部座席には誰もいない。
ただ、座席だけが異様に濡れていた。
そして翌朝。
男性が車を確認すると、後部座席の窓ガラスに、内側から指で書いたような文字が残っていた。
そこには、
「お城に帰りたい」
と書かれていたという。
もちろん、その男性が見たものが何だったのかは分からない。
ただ、名古屋城周辺では、夜の石垣で人影を見たという話が昔から囁かれている。
もし夜の名古屋城を訪れることがあっても――
石垣の上だけは、あまり長く見つめないほうがいい。
そこから、こちらを見ている「誰か」がいるかもしれない。
コメント
コメントを投稿