ホテルアイランド――螺旋階段の先

夜の宮崎を走っていた男は、友人から聞いた話を思い出していた。

「昔、青島の近くにさ……ホテルアイランドっていう廃ホテルがあったんだよ」

そのホテルには、奇妙な噂があった。

建物の見取り図には存在しない、螺旋階段。

そして、その階段を下りた先には、誰も使っていない部屋があるという。

男は半信半疑だった。

だが、実際にその場所へ行ってみると、建物の中は異様なほど静かだった。

風もないのに、廊下の奥から、

「……コツ……コツ……」

と、小さな足音が聞こえる。

男は懐中電灯を向けた。

誰もいない。

しかし、床には小さな足跡が残っていた。

まるで、濡れた裸足で歩いたような足跡だった。

それは廊下の奥へ続いていた。

男が足跡を追っていくと、壁の向こうから奇妙な音がした。

「ギィ……」

見ると、そこには古びた扉があった。

扉を開けると、その先に――

螺旋階段があった。

「こんな階段……あったか?」

男はそう呟きながら、ゆっくり階段を下りていった。

一段。

二段。

三段。

下へ行くほど、空気が冷たくなっていく。

そして階段の途中で、後ろから声がした。

「……おじちゃん」

男の足が止まった。

子供の声だった。

ゆっくり振り返る。

そこには、誰もいない。

ただ、階段の上から小さな足音が近づいてくる。

「……トン」

「……トン」

「……トン」

男は恐ろしくなり、階段を駆け下りた。

やがて階段の先に、一つの部屋が現れた。

扉には何も書かれていない。

男が扉を開ける。

そこには、何もなかった。

ただ、部屋の中央に古い椅子が一脚置かれていた。

そして、その椅子に――

少年が座っていた。

少年は俯いている。

男が声をかける。

「……君、どうした?」

少年はゆっくり顔を上げた。

その顔を見た瞬間、男は息をのんだ。

少年には、目がなかった。

真っ暗な二つの穴だけが、こちらを向いていた。

そして少年は、小さな声で言った。

「おじちゃん……帰るの?」

男は後ずさった。

すると背後から、

「……コツ」

足音がした。

振り返る。

誰もいない。

もう一度、少年を見る。

――少年も消えていた。

その代わり、椅子の上に一枚の古い写真が置かれている。

男は震える手で写真を拾った。

そこには、ホテルの前に並ぶ何人もの人影が写っていた。

そして写真の一番端。

そこには――

今の自分が立っていた。

男は写真を落とし、階段を駆け上がった。

外へ出た瞬間、後ろから子供の声が聞こえた。

「また来てね」

男は振り返らなかった。

ただ、車に乗り込み、震える手でエンジンをかけた。

そのときだった。

車の後部座席から、

「……コツ」

と、足音がした。

男はゆっくりバックミラーを見た。

誰もいない。

だが、曇った車内の窓ガラスには、小さな指で書かれた文字が浮かんでいた。

「つぎは、ひとりじゃないよ」

ホテルアイランドは、もう存在しない。

建物も、螺旋階段も、噂された部屋も残っていない。

それでも今も、あの場所について語る人がいる。

夜になると、誰もいないはずの場所から、

「……コツ、コツ、コツ」

という、小さな足音が聞こえることがある――。

コメント