秋田・黒塗りの家
秋田の山あいに、外壁を真っ黒に塗りつぶした一軒の家がある。
地元では、いつからかその家を「黒塗りの家」と呼ぶようになった。
家の周囲には高い木が生い茂り、昼間でも薄暗い。
窓はすべて黒い板で覆われ、玄関には古びた南京錠が掛けられている。
誰も住んでいない。
少なくとも、そう思われていた。
ある夏の夜、肝試しに訪れた若者たちがいた。
時計が午前一時を回ったころ、彼らは黒塗りの家の前に立った。
「本当に誰もいないんだよな?」
一人がそう言った瞬間――
家の中から、
コン……
と、小さな音がした。
全員が黙った。
もう一度。
コン……コン……
今度は、明らかに窓を内側から叩く音だった。
「ネズミじゃない?」
そう言って笑おうとしたが、誰も笑えなかった。
すると、二階の黒い板で塞がれた窓から、
コン、コン、コン……
と、一定の間隔で音が続いた。
まるで誰かが、
「ここにいる」
と知らせているようだった。
そのとき、一人がスマートフォンのカメラを家へ向けた。
画面を見ると、肉眼では真っ暗だった二階の窓に、白い顔のようなものが映っていた。
「……誰?」
彼が呟いた。
次の瞬間、画面の中の顔がゆっくりと横を向いた。
そして――
窓の内側から、こちらを指差した。
全員が一斉に逃げ出した。
車まで走り、エンジンを掛ける。
ところが、スマートフォンを持っていた一人だけが動かなかった。
「おい! 早く乗れ!」
何度呼んでも返事がない。
彼は黒塗りの家を見つめたまま、震えていた。
「……あの家、二階なんてないよな?」
「え?」
「さっき見た写真……」
彼のスマートフォンには、先ほど撮影した家の写真が残っていた。
そこには確かに、二階の窓が写っている。
そして、その窓の奥には――
何人もの人間が立っていた。
全員、こちらを向いている。
だが、一番恐ろしかったのはそこではなかった。
写真を拡大すると、窓の中に立つ人々の後ろに、
もう一人、
真っ黒な顔をした何かが立っていた。
そしてその手は、
こちら側へ向かって伸びていた。
翌朝。
若者たちはもう一度、その場所を訪れた。
しかし、そこに黒塗りの家はなかった。
家が建っていたはずの場所には、古い空き地だけが広がっていた。
「……じゃあ、昨日見た家は何だったんだ?」
誰も答えられなかった。
ただ、撮影した写真だけは残っていた。
ところが、その日の夜。
写真を見返していた一人のスマートフォンに、見覚えのない新しい写真が一枚追加されていた。
撮影時刻は――
午前一時十三分。
写真には、黒塗りの家の玄関が写っていた。
そして玄関の前には、
昨日逃げたはずの四人が、
こちらを向いて立っていた。
その中には――
写真を見ている本人もいた。
ただ一つ違っていた。
写真の中の彼は、
口を大きく開けて笑っていた。
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