宇津ノ谷峠――峠道に立つ女

深夜の宇津ノ谷峠を車で越えたのは、冬のある夜だった。

静岡市から藤枝方面へ向かっていた私は、渋滞を避けるため、山間の旧道を走っていた。

時間は午前一時を過ぎていた。

街灯はほとんどなく、ヘッドライトに照らされた道路だけが、暗闇の中に細く浮かんでいる。

しばらく走っていると、カーブの先に人影が見えた。

白っぽい服を着た女が、道路の端に立っていた。

こんな時間に、こんな山の中で。

そう思いながら車を減速させる。

女は俯いたまま、こちらを見ようとしなかった。

通り過ぎる瞬間、私はバックミラーを見た。

女は……いなかった。

「歩いていたのか?」

そう考えたが、あまり気にせず車を走らせた。

ところが、数分後。

また前方に人影が現れた。

さっきの女だった。

同じ白い服。

同じように俯いている。

私は急に怖くなり、アクセルを踏んだ。

女の横を通り過ぎ、振り返ることもしなかった。

峠を越え、明るい道路に出たところで、ようやく安心した。

そして赤信号で車を止めたときだった。

車内から、かすかな声が聞こえた。

「……乗せて」

私は凍りついた。

誰も乗せていない。

そう思いながら、恐る恐るルームミラーを見る。

後部座席には誰もいない。

しかし――

窓ガラスに、白い顔が映っていた。

振り返ることはできなかった。

そのまま信号が青になると、私は一気に車を走らせた。

翌朝、車を確認すると、後部座席の窓には、内側から押しつけたような手形が残っていたという。

そして、それ以来。

その峠道を通るたび、同じ場所でカーナビが突然狂う。

目的地とは反対方向を指し、

「目的地周辺です」

という音声が流れる。

そこは、昨夜女を見た場所から、ほんの数百メートルしか離れていない。

あの夜、私は誰を見たのか。

そして、あの声は――

今でも分からない。

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