コーポ岡山――七階の窓
夜の盛岡は、昼間とは別の街に見える。
その日、私は友人と二人で、廃墟になった「コーポ岡山」の近くまで来ていた。
古びた集合住宅。
何年も人が住んでいないと言われる建物は、街灯の明かりを浴びながら、ただ静かに立っていた。
「……本当に誰もいないのかな」
友人がそう呟いた。
私はスマートフォンを取り出し、建物を撮影した。
その瞬間だった。
――カシャ。
シャッター音が響いた直後、建物の奥から、
「……ニャア……」
猫のような鳴き声が聞こえた。
私たちは顔を見合わせた。
「猫?」
周囲を見回した。
しかし、猫の姿はない。
もう一度撮影すると、
「ニャア……」
今度は、さっきより近い。
まるで建物の中から聞こえてくる。
怖くなった私たちは、その場を離れようとした。
そのとき、友人が突然スマートフォンの画面を見つめた。
「……これ、何?」
さっき撮った写真。
そこにはコーポ岡山の外観が写っていた。
だが、七階の窓にだけ、白い顔のようなものが浮かんでいる。
女性の顔だった。
こちらをじっと見下ろしている。
「加工じゃないよな?」
そう言った瞬間――
七階の窓。
そこにあった顔が、
ゆっくりと消えた。
代わりに、別のものが現れた。
黒い影。
四本足の、小さな動物のような影だった。
そして、その影が窓の内側から、
こちらへ向かって歩いてきた。
「帰ろう」
友人が震えた声で言った。
私たちは走ってその場を離れた。
その夜。
帰宅した私は、布団の中でスマートフォンを確認した。
すると、撮影した覚えのない写真が一枚増えていた。
真っ暗な廊下。
古びた壁。
そして、その奥に立つ女性。
女性は俯いていた。
顔は見えない。
だが、その足元には――
黒い猫のような影が座っている。
私は慌てて写真を削除した。
その瞬間。
スマートフォンのスピーカーから、
「……ニャア……」
小さな鳴き声がした。
私は固まった。
部屋には自分しかいない。
すると今度は、
「……コン……」
玄関のドアを叩く音。
一回。
二回。
三回。
恐る恐る覗き穴を見る。
誰もいない。
しかし、ドアの向こうから女の声が聞こえた。
「……写真、返して」
私は息を止めた。
そして、その瞬間。
スマートフォンの画面が勝手に点灯した。
そこに表示されていたのは、先ほど削除したはずの写真。
ただし――
写真の中の女性は、もう七階にはいなかった。
私の部屋の玄関。
そのすぐ向こう側に立っていた。
そして女性の隣には、
黒い猫のような影。
二つの影が、こちらを見ていた。
翌朝。
スマートフォンから写真は完全に消えていた。
だが、それ以来、夜になると必ず聞こえる。
玄関の向こうから、
「……ニャア……」
そして最後に、
女の声でこう囁かれる。
「……次は、あなたが写る番」
それ以来、私は夜に窓を見ることができなくなった。
特に――
七階を。
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