大阪・泉の広場――赤い服の女

大阪・梅田。

人々が行き交う巨大な地下街の一角に、かつて「泉の広場」と呼ばれる場所があった。

その名の通り、広場の中央には噴水があり、待ち合わせ場所として多くの人が利用していた。

だが、夜になると――

そこには、ある奇妙な噂があった。

「赤い服を着た女が現れる」

という噂だった。

ある会社員の男は、仕事帰りに泉の広場を通るのが日課になっていた。

いつものように地下街を歩いていると、広場の隅に、一人の女が立っているのが見えた。

赤い服。

長い髪。

そして、異様に青白い顔。

女は誰かを待っているようにも見えた。

男は最初、ただの通行人だと思った。

ところが――

翌日も、その女はいた。

さらに翌日も。

いつ通っても、同じ場所に立っている。

しかも不思議なことに、女は誰とも話さない。

ただ、広場の中をゆっくり歩き回っているだけだった。

ある日の帰り道。

男が広場を通り過ぎようとした、その瞬間だった。

女が突然、こちらを向いた。

目が合った。

男は思わず足を止めた。

女の目は、まるで何年も眠っていない人間のように、虚ろだった。

そして女は、ゆっくりと男に近づいてきた。

一歩。

また一歩。

男は怖くなり、その場を離れた。

しかし――

背後から、女の声が聞こえた。

「……ねえ」

男は振り返らなかった。

そのまま歩き続けた。

すると今度は、

「……私を見たよね?」

そう聞こえた。

男は走った。

地下街を抜け、地上へ出るまで、一度も振り返らなかった。

そして翌日。

男はいつものように会社へ向かった。

同僚に昨夜の出来事を話すと、同僚は顔を曇らせた。

「……その女、本当に赤い服だった?」

「ああ」

「じゃあ、もう泉の広場には近づかないほうがいい」

同僚によれば、昔から泉の広場では、

赤い服を着た女を見た

という噂が何度も語られているという。

そして、その女と目を合わせた人間には――

奇妙なことが起こる。

「何が起きるんだ?」

男が尋ねると、同僚は小さな声で答えた。

「……次に見たとき、女が自分のすぐ後ろにいるらしい」

男は笑って聞き流した。

しかし、その日の帰宅途中。

駅のホームで電車を待っていると――

ふと、ガラスに自分の姿が映った。

その後ろに――

赤い服の女が立っていた。

男は振り返った。

誰もいない。

慌ててもう一度ガラスを見る。

やはり、誰もいない。

安心した、その瞬間。

耳元で女の声がした。

「……やっと見つけた」

男はその場から逃げ出した。

それ以来、男は泉の広場へ行くことはなくなったという。

だが――

泉の広場の噴水がなくなった現在でも、

「赤い服の女を見た」

という噂は、完全には消えていない。

もし夜の梅田を歩くことがあれば――

背後から、

コツ……コツ……

と、誰かが歩いてくる音が聞こえるかもしれない。

そのとき、絶対に振り返ってはいけない。

もし振り返ってしまったら――

そこにいるのは、

あなたを追いかけてきた誰かではなく、

ずっとあなたを待っていた、赤い服の女かもしれない。

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