旧木の岡レイクサイドビル――消えたはずの11階
滋賀県大津市。
琵琶湖の湖岸近くに、かつて一棟の巨大な建物が立っていた。
木の岡レイクサイドビル。
観光ホテルとして建設が始まったものの、資金難によって工事は途中で止まり、そのまま長い年月を廃墟として過ごした建物だった。
いつしか人々は、その建物をこう呼ぶようになった。
「幽霊ビル」
そして、ある男がその場所を訪れたのは、解体される数年前のことだった。
男は廃墟の写真を撮るのが趣味だった。
ある夜、友人と二人で車を走らせ、木の岡レイクサイドビルの前までやってきた。
車のライトに照らされた建物は、窓ガラスのほとんどがなく、黒い穴のような窓がいくつも並んでいた。
「ここ、本当にホテルになる予定だったのか?」
友人がそう呟いた。
男はカメラを構え、シャッターを切った。
その瞬間だった。
建物の上の方に、人影が見えた。
「……誰かいる」
二人は顔を見合わせた。
だが、その建物は長い間使われていない。
人がいるはずがなかった。
それでも男はズームレンズを伸ばした。
すると――
最上階の窓に、白い服を着た女性が立っていた。
こちらを見ている。
男は慌ててシャッターを切った。
しかし、次の瞬間。
女性の姿は消えていた。
「今、見たよな?」
友人は答えなかった。
ただ、建物を見つめたまま、青ざめていた。
「……あのビル、11階までしかないよな?」
男は頷いた。
すると友人が震える声で言った。
「今の女……12階にいた」
二人は言葉を失った。
翌日、男は撮影した写真を確認した。
そこには確かに、最上階の窓に女性の姿が写っていた。
しかし、奇妙なことに気づいた。
女性の立っていた場所の下には、本来なら存在しないはずの階が写り込んでいた。
一階。
二階。
三階。
そして――
十一階。
その上に、もう一つ階があった。
「……十二階?」
男は写真を何度も見返した。
その日の夜、男は一人で眠った。
午前二時を過ぎた頃だった。
突然、携帯電話が鳴った。
画面には、登録していない番号が表示されていた。
恐る恐る電話に出る。
すると、向こうから女の声が聞こえた。
「……まだ、上にいるよ」
男は息を呑んだ。
「誰ですか?」
返事はない。
ただ、遠くから聞こえるような水の音だけが響いていた。
そして最後に、
「早く降りて」
女がそう呟いた。
電話は切れた。
翌朝。
男は昨夜の写真を確認した。
すると、昨日までなかった一枚の写真がカメラの中に入っていた。
木の岡レイクサイドビルの内部。
誰も撮った覚えのない写真だった。
暗い廊下の奥に、女性が立っている。
そして、その女性の背後には階段があった。
階段は上へ続いている。
男は写真を拡大した。
階段の壁には、古びた数字が書かれていた。
「12」
その直後、テレビのニュースが流れた。
木の岡レイクサイドビルが、近く爆破解体されるというニュースだった。
男は画面を見つめながら、あることに気づいた。
建物の写真。
その最上階に――
昨夜の女性が立っていた。
だが、その建物はもう解体された。
長い年月を経て、1992年5月22日。
木の岡レイクサイドビルは爆破解体され、わずかな時間で姿を消した。
それ以来、建物を見ることはできなくなった。
しかし、男が最後に撮った写真だけは、今も残っている。
そこに写っているのは、消えたはずの建物。
そして――
存在しなかったはずの十二階。
写真の一番上。
窓の奥には、あの女性が立っている。
そして、よく見ると女性の隣には、
もう一人。
男と一緒に廃墟を訪れた、友人の姿が写っているという。
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