金沢大学医学部解剖体墓地――「振り返ってはいけない墓地」
夜の卯辰山は、昼間とはまるで別の場所だった。
街の明かりから少し離れた山道を、一人の男が歩いていた。
目的地は、金沢大学医学部の解剖体墓地。
そこには、医学の発展のために献体された人々を祀る墓碑が並んでいる。
男は以前から、この場所にまつわる噂を聞いていた。
「夜に墓地へ行くと、後ろから足音が聞こえる」
「振り返ると、白い服を着た人が立っている」
そして、もっと不気味な噂があった。
――墓地を出るまで、絶対に人数を数えてはいけない。
男はそんな話を思い出しながら、暗い階段を上っていった。
やがて、木々の間から墓地が見えた。
風はほとんどない。
それなのに、墓地の奥にある木々だけが、ゆっくりと揺れていた。
男はスマートフォンを取り出し、墓碑を撮影した。
一枚。
二枚。
三枚。
そのときだった。
「……カツ……カツ……」
背後から、小さな足音が聞こえた。
誰かが階段を上ってくるような音だった。
男は振り返らなかった。
――振り返るな。
そう思いながら、じっと立っている。
足音は少しずつ近づいてくる。
「カツ……カツ……カツ……」
すぐ後ろまで来た。
男の背中に、冷たい空気が触れた。
しかし、足音はそこで止まった。
しばらく沈黙が続いた。
男は恐る恐るスマートフォンのカメラを起動し、背後を映した。
画面には、誰もいない。
安心した男は、墓地の出口へ向かった。
ところが――
「……一人……」
背後から、女の声がした。
男の足が止まった。
「……二人……」
声は、墓地の奥から聞こえてくる。
「……三人……」
男は思わず振り返りそうになった。
だが、その瞬間。
耳元で、はっきりと声がした。
「数えちゃだめ」
男は凍りついた。
声は、すぐ隣から聞こえた。
しかし、そこには誰もいない。
男は無我夢中で階段を下りた。
一段。
二段。
三段。
その背後から、今度は複数の足音が聞こえてきた。
「カツ……カツ……カツ……」
一人ではない。
二人。
三人。
いや、それ以上いる。
男は絶対に振り返らず、階段を駆け下りた。
ようやく道路まで戻ったとき、足音は聞こえなくなっていた。
男は大きく息を吐き、スマートフォンを確認した。
すると、先ほど撮影した写真の中に、一枚だけ見覚えのない写真があった。
墓地を撮影したはずなのに、その写真だけは違っていた。
墓碑の前に、白い服を着た人影が立っている。
しかも――
人影は一人ではなかった。
画面の奥に、何人もの人が並んでいる。
男は震える手で写真を拡大した。
その瞬間、スマートフォンから小さな声が聞こえた。
「……まだ、一人足りない」
男は画面を落とした。
暗闇の中。
背後から、再び足音が聞こえた。
「カツ……」
一歩。
「カツ……」
また一歩。
そして最後に――
「……見つけた」
男はその夜、二度と振り返らなかった。
翌朝。
スマートフォンには、昨夜撮影した写真が一枚も残っていなかった。
ただ一枚だけ。
墓地へ向かう階段を撮影した写真が残されていた。
その写真の一番奥。
暗い木々の間から、白い顔がこちらを見ていた。
そして、その顔の横には、小さな文字が写り込んでいた。
――「次は、あなたが数える番」
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