天狗の森(八坂神社)
夜の山道を車で走っていると、突然、道路脇に古びた鳥居が現れた。
その先にあるのが、八坂神社と呼ばれる小さな神社だった。
神社の周囲には木々が密集し、昼間でも薄暗い。
そして、その一帯はいつしか「天狗の森」と呼ばれるようになっていた。
ある夜、肝試しに訪れた数人の若者が、鳥居の前で車を止めた。
「天狗なんて、いるわけないだろ」
そう笑いながら、懐中電灯を手に森へ入っていった。
しばらく歩くと、森の奥から――
「カン……」
乾いた音が聞こえた。
誰かが木を叩いているようだった。
しかし、周囲には誰もいない。
さらに進むと、今度は頭上から枝が揺れる音がした。
ザワ……ザワザワ……
風はほとんど吹いていない。
それなのに、木々だけが大きく揺れている。
そして、一人がふと上を見上げた。
「……今、何かいた?」
全員が空を見上げる。
だが、そこには真っ暗な木の枝しかなかった。
その瞬間――
「帰れ」
森の奥から、低い声が聞こえた。
全員が凍りついた。
声のした方向を見ると、木々の隙間に、何か大きな影が立っている。
人間よりも明らかに背が高い。
そして、その頭には――
二本の角のようなものが見えた。
「走れ!」
誰かが叫び、一斉に鳥居へ向かって走り出した。
しかし、何度走っても鳥居にたどり着かない。
同じ木。
同じ石。
同じ道。
まるで森の中をぐるぐる回っているようだった。
そのとき、一人が後ろを振り返った。
誰もいない。
だが、地面には巨大な足跡が続いていた。
人間のものとは思えないほど、大きな足跡だった。
しかも、その足跡は彼らの後ろから、ゆっくり近づいてきている。
「……来てる」
次の瞬間――
森の奥から、けたたましい笑い声が響いた。
「ケケケケケ……」
ようやく鳥居が見えた。
全員が必死に走り、神社の境内へ飛び込んだ。
すると、さっきまで聞こえていた音が突然消えた。
静寂。
誰も口を開けなかった。
そして最後に鳥居をくぐった一人が、何気なく森を振り返った。
木々の間に、赤い顔をした巨大な何かが立っていた。
それはじっとこちらを見つめていた。
そして――
ゆっくりと笑った。
翌朝、神社の近くには、誰が置いたのか分からない大きな木の枝が一本落ちていた。
その枝には、鋭い爪で引っかいたような跡が残っていたという。
それ以来、地元ではこんな噂が囁かれるようになった。
「天狗の森では、夜に山を騒がせてはいけない」
森に住む何かを怒らせると、帰り道を失う。
そして一度でも森の奥から名前を呼ばれたら――
決して振り返ってはいけない。
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