八木山橋――橋の下から聞こえる声

仙台の夜は、昼間とはまるで違う顔を見せる。

その日、大学生の亮太は、友人の健太と二人で八木山橋を訪れていた。

八木山橋といえば、仙台では昔から「怖い場所」として知られている。深い谷に架かる橋で、夜になると周囲は驚くほど静かになる。

「本当に何か出るのかな」

健太が笑いながら言った。

「出るわけないだろ」

亮太も笑って答えた。

二人は橋の中央付近で車を止め、しばらく外の景色を眺めていた。

街の明かりは遠く、谷底は真っ暗だった。

そのときだった。

「……ねえ」

小さな声が聞こえた。

二人は同時に振り返った。

誰もいない。

「今、何か言った?」

健太が尋ねる。

「いや……」

亮太はそう答えたものの、少しだけ嫌な感じがした。

風の音だろう。

そう思って、二人は車へ戻ろうとした。

すると――

「……助けて」

今度は、はっきり聞こえた。

しかも声は、橋の下からだった。

二人は顔を見合わせた。

「人じゃないか?」

健太がスマートフォンのライトを谷へ向ける。

しかし、そこに人影はない。

ただ、暗闇が広がっているだけだった。

「もう帰ろう」

亮太が言った。

二人が車へ乗り込んだ、その瞬間。

コン。

窓ガラスを誰かが叩いた。

「うわっ!」

二人が凍りつく。

もう一度。

コン……コン……。

今度は助手席側の窓だった。

健太が恐る恐るライトを向ける。

誰もいない。

だが、窓には――

小さな手形がいくつも残っていた。

「……これ、外から?」

亮太の声が震える。

健太は答えられなかった。

そしてエンジンをかけようとした、そのとき。

カーナビの画面が突然消えた。

真っ黒になった画面に、ぼんやりと白い文字が浮かび上がる。

「下を見て」

二人は動けなくなった。

それでも、亮太はゆっくりと顔を上げた。

バックミラーを見る。

そこには、後部座席に誰かが座っていた。

長い髪を垂らし、うつむいた女性。

「……健太」

「見るな」

健太が小さく言った。

しかし次の瞬間、後部座席から声がした。

「どうして……置いていくの?」

二人は車を飛び出した。

そのまま橋を走って離れ、振り返ることはなかった。

翌朝。

亮太が恐る恐る車を確認すると、後部座席には何もなかった。

ただ、座席の中央に濡れた跡だけが残っていた。

そして、その跡をよく見ると――

泥で書かれたような文字があった。

「また夜に来てね」

それ以来、亮太は八木山橋の近くを通ることすらなくなったという。

そして今でも、夜の八木山橋では、ときどき橋の下から女性の声が聞こえるという。

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