野内病院――青いバスの前に立つ少女

「ここ、本当に病院だったのかな?」

深夜二時。

青森市の旧道を車で走っていた俺たちは、木々に覆われた細い道の前で車を止めた。

目的地は、地元で「野内病院」と呼ばれている廃墟。

ただ、妙なことに正式な名前は分かっていない。

病院だったという噂はある。

けれど、何の施設だったのか、いつ閉鎖されたのか――詳しいことはほとんど知られていない。

それでも、この場所には昔から奇妙な噂があった。

「少女が出る」

そしてもう一つ。

「入口の青いバスには、絶対に近づくな」

俺たちは半分面白半分で、懐中電灯を手に茂みの中へ入っていった。

数分ほど歩いたところで、突然、木々の隙間から建物が現れた。

二階建ての古い建物。

窓は暗く、壁はところどころ崩れている。

そして、その入口の前に――

青いバスがあった。

「うわ……」

誰かが小さく声を漏らした。

長い年月、そこに放置されていたのだろう。

車体は錆び、窓は割れ、タイヤも朽ちている。

なのに、なぜか俺には、そのバスがこちらを見ているように感じられた。

「……中、見てみる?」

そう言った瞬間だった。

カン……

バスの中から音がした。

俺たちは全員、黙った。

もう一度。

カン……

今度は、はっきり聞こえた。

「誰かいる?」

返事はない。

俺が一歩近づこうとすると、友人が腕をつかんだ。

「やめとけ」

「なんで?」

「……今、窓に誰かいた」

俺は反射的にバスを見る。

何もいない。

ただ、割れた窓ガラスに、俺たちの姿が映っているだけだった。

「見間違いだろ」

そう言って笑った。

そのまま俺たちは建物の中へ入った。

内部は異様なほど静かだった。

足音だけが、コツ……コツ……と廊下に響く。

一階を進み、階段を上る。

そのときだった。

上の階から、

「……コツ」

音がした。

誰かが歩いている。

俺たちは顔を見合わせた。

「お前じゃないよな?」

「俺はここにいる」

「じゃあ……誰?」

コツ……

また聞こえた。

今度は、階段を下りてくるような音だった。

コツ……

コツ……

コツ……

音が近づいてくる。

俺たちは息を殺して待った。

しかし、誰も降りてこない。

音だけが消えた。

そして突然――

「……ねえ」

女の子の声がした。

すぐ後ろから。

俺たちは一斉に振り返った。

誰もいない。

「今、聞こえたよな?」

誰も答えない。

その瞬間、先頭にいた友人が懐中電灯を床に落とした。

「……あれ」

彼が震える手で指を差していた。

階段の踊り場。

そこに、小さな足跡があった。

濡れた裸足の足跡。

一つ。

また一つ。

そして、その足跡は俺たちのいる階ではなく――

二階の奥へ続いていた。

俺たちはもう帰ろうと決めた。

階段を下り、建物の外へ出る。

そして青いバスの横を通り過ぎようとした、そのとき。

バスの中から、

「……おじちゃん」

声がした。

幼い女の子の声だった。

俺は立ち止まった。

「……誰?」

返事はない。

すると、バスの割れた窓の奥に――

少女が立っていた。

白い服。

長い髪。

こちらをじっと見ている。

そして少女は、ゆっくり口を開いた。

「……一緒に帰って」

その瞬間、俺たちは夢中で走った。

振り返らなかった。

車まで戻り、全員が乗り込む。

エンジンをかけ、アクセルを踏んだ。

そのまま無言で現場を離れた。

しばらく走ったところで、誰かが言った。

「……動画、撮れてる?」

俺たちは車を止め、カメラを確認した。

映像には、廃墟へ向かう俺たちの姿。

そして青いバス。

何もおかしくない。

ところが、最後の映像。

俺たちがバスの前を通り過ぎる場面で、画面の端に何かが映っていた。

少女だった。

青いバスの窓から、こちらを見ている。

しかし、それだけではなかった。

映像を止めて拡大すると――

少女の隣に、もう一人。

白髪の老婆が立っていた。

二人とも、こちらを見ていた。

そして、さらに怖かったのは――

俺たちが車へ向かって走り出した直後。

少女だけが、バスの窓から消えていたことだった。

老婆は最後まで、そこに立っていた。

その翌日。

俺のスマートフォンに、知らない番号から電話がかかってきた。

表示は――

「非通知」

恐る恐る電話に出る。

何も聞こえない。

ただ、遠くから女の子の声がした。

「……ねえ」

俺は黙っていた。

すると、少女は小さな声でこう言った。

「どうして……置いていったの?」

その瞬間、電話が切れた。

俺は二度と野内病院には近づいていない。

ただ、一つだけ気になることがある。

あの日撮影した映像を見返すたびに、最後の場面だけ、少しずつ変わっているのだ。

最初は、少女と老婆。

二回目に見たときは――

少女が一人。

そして昨日。

映像を再生すると、青いバスの窓には――

俺の後ろに立つ少女の顔が映っていた。

もちろん、撮影したとき、俺の後ろには誰もいなかった。

……そう思っていた。

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