千鳥橋の怖い話 ―「橋の下から呼ぶ声」―
深夜、千鳥橋を一人で渡っていた。
時刻は午前一時を少し過ぎたころ。
昼間なら車や人の往来もある普通の橋だが、夜になると辺りは驚くほど静かだった。
橋の上を歩いていると、ふいに――
「……こっち」
小さな声が聞こえた。
思わず立ち止まった。
周囲を見回しても、人の姿はない。
風の音だろう。
そう思って歩き出した。
すると、今度ははっきり聞こえた。
「……こっちだよ」
声は橋の下から聞こえていた。
恐る恐る欄干から下を覗き込む。
暗闇の中に、水面がかすかに見える。
そして、その水辺に――
誰かが立っていた。
白っぽい服を着た人影だった。
顔は見えない。
ただ、こちらを見上げていることだけは分かった。
「……降りてきて」
その瞬間、背筋が凍った。
なぜなら、その声が――
自分の声とまったく同じだったからだ。
怖くなり、橋を走って渡った。
後ろを振り返ることはできなかった。
ようやく橋を離れたところで、スマートフォンが震えた。
知らない番号から着信が入っている。
出るつもりはなかった。
しかし、何度も鳴り続ける。
仕方なく通話ボタンを押した。
「もしもし……」
返事はない。
ただ、ザーッという水の音だけが聞こえる。
そして数秒後。
電話の向こうから、震えた声がした。
「……まだ橋の上にいるよ」
その声は――
間違いなく自分自身の声だった。
慌てて振り返った。
千鳥橋の上には誰もいない。
ただ、橋の中央に人影がひとつ立っていた。
白い服。
こちらを向いたまま、じっと動かない。
そして、その人影がゆっくりと手を上げた。
まるで、
「こっちへおいで」
と呼んでいるように。
それ以来、その橋を夜中に渡った人の中には、
「橋の下から自分の名前を呼ばれた」
という人がいるという。
そして、一番怖いのは――
その声に返事をしてしまった人は、
次の日から誰かに呼ばれているような感覚が消えなくなる、
という噂だった。
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