岐阜城――天守から聞こえる足音

岐阜城には、夜になると天守から「誰もいないはずなのに足音が聞こえる」という噂がある。

ある夏の夜、山道を歩いていた一人の男がいた。

男は写真を撮るため、夜の金華山を訪れていた。

周囲には街灯も少なく、木々の間から見える岐阜の街明かりだけが、遠くでぼんやりと瞬いている。

しばらく歩くと、男は立ち止まった。

――コツ。

どこからか、石を踏むような音が聞こえた。

「……誰かいるのか?」

返事はない。

気のせいだと思い、再び歩き始める。

すると、

――コツ、コツ、コツ。

今度は、明らかに後ろから足音がついてくる。

男が振り返る。

しかし、そこには誰もいない。

「……」

不気味に思いながらも、そのまま進んでいく。

やがて、暗闇の向こうに岐阜城の姿が浮かび上がった。

男はカメラを構え、天守を撮影した。

その瞬間だった。

カメラの液晶画面に、天守の窓からこちらを見ている「人影」が映った。

「……え?」

男は慌てて肉眼で天守を見上げる。

だが、窓には何もいない。

もう一度カメラを見る。

人影も消えていた。

安心した男は、その場を離れようとした。

しかし――

――コツ。

背後から、また足音がした。

一歩。

――コツ。

もう一歩。

――コツ。

足音は、どんどん近づいてくる。

男は振り返らなかった。

そして、走り出した。

ところが、足音も同じ速度で追いかけてくる。

「やめろ……」

必死に山道を下っていると、突然、足音が止まった。

男も立ち止まる。

静寂。

「……行ったのか?」

そう思って振り返った瞬間――

そこには誰もいなかった。

ただ、男の足元に一枚の古びた紙が落ちていた。

不思議に思って拾い上げる。

紙には、震えた文字でこう書かれていた。

「天守を見上げるな」

男は慌てて紙を捨てた。

そして、そのまま山を下りた。

翌朝。

昨夜撮影した写真を確認していると、一枚だけ奇妙な写真があった。

岐阜城の天守を正面から撮った写真。

窓には、昨夜と同じ人影が立っている。

しかし、それだけではなかった。

写真を拡大すると、人影の顔がこちらを向いていた。

そして、その顔は――

写真を撮っている男自身だった。

その日以来、男は夜になると、ときどき聞くようになったという。

自宅の廊下から聞こえる、

――コツ。

――コツ。

――コツ。

まるで、古い石の上を誰かが歩いているような足音を。

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