松代象山地下壕――「奥から聞こえる声」

長野県の山中に、巨大な地下壕が残されている。

松代象山地下壕。

第二次世界大戦末期、政府機関などを移すために掘削された地下施設で、内部には長い坑道が複雑に伸びている。

昼間でも薄暗く、奥へ進むほど空気は冷たくなる。

ある男性が、友人と二人で見学に訪れた。

入口からしばらく歩いたところで、男性は妙なことに気づいた。

「……今、誰かいた?」

友人が振り返る。

「誰もいないだろ」

確かに、後ろには誰もいない。

しかし男性には、さっき確かに聞こえた。

――カン……カン……。

遠くから、金属を叩くような音。

二人は立ち止まった。

音は消えた。

「気のせいだろ」

そう言って再び歩き始める。

ところが数分後。

――カン……カン……カン……。

今度は、はっきり聞こえた。

しかも音は、二人の後ろからではなかった。

坑道の奥からだった。

「誰かいるのかな?」

友人が声をかける。

返事はない。

それでも二人は、音のする方向へ少しずつ進んだ。

やがて、照明の届かない暗闇が見えてきた。

その瞬間だった。

「……まだ、終わってない」

小さな声がした。

二人は凍りついた。

「今、聞こえたよな?」

友人が震えた声で尋ねる。

男性も頷いた。

すると暗闇の奥から、

――カン……。

また音がした。

まるで誰かが、今もそこで作業を続けているようだった。

二人は慌てて引き返した。

しかし、歩いても歩いても入口が見えてこない。

「おかしい……」

来た道を戻っているはずなのに、同じような坑道が延々と続いている。

そして突然、

後ろから声がした。

「……手伝ってくれ」

二人は振り返らなかった。

ただ必死に走った。

しばらくして、ようやく出口の明かりが見えた。

外へ出た二人は、息を切らしながら顔を見合わせた。

すると友人が言った。

「さっきの声……」

「何?」

「俺たち二人に言ったんじゃない」

「え?」

友人は青ざめていた。

「三人目に向かって言ってた」

男性は意味が分からなかった。

だが、その日の夜。

撮影した写真を確認していると、一枚だけ奇妙な写真があった。

坑道の奥。

二人の後ろに、黒い人影が写っている。

そして、その人物の手には――

古い作業用の道具が握られていた。

男性はすぐに写真を消した。

それ以来、二人は地下壕に近づいていない。

ただ、友人だけは今でも言う。

「俺たちが逃げたあとも、あの音は続いていたと思う」

――カン……。

――カン……。

――カン……。

まるで、暗闇の中で誰かが今も坑道を掘り続けているように。

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