南富山駅地下道――黒い染みの女
富山県富山市。
南富山駅の近くには、幹線道路の下を通る短い地下道がある。
駅を利用する人にとっては、道路を渡るための便利な近道。
しかし、地元では昔から、そこを避ける人がいるという。
理由は――地下道にまつわる、ひとつの噂だった。
「夜に一人で通ると、女の声が聞こえる」
そしてもうひとつ。
「壁に残った黒い染みを見てはいけない」
ある冬の夜。
終電近くまで仕事をしていた男が、駅へ向かって歩いていた。
時計を見ると、午後11時を過ぎている。
普段なら少し遠回りして信号を渡るところだったが、その日は疲れていた。
「今日は地下道でいいか……」
男は階段を下りた。
地下道の中は静まり返っていた。
聞こえるのは、自分の靴音だけ。
コツ……。
コツ……。
コツ……。
やがて、男は地下道の壁に黒い染みがあることに気づいた。
「……なんだ、これ」
煤のような黒い跡だった。
男が立ち止まった、その瞬間。
――うぅ……。
どこからか、かすかな声が聞こえた。
男は顔を上げた。
「……誰かいるんですか?」
返事はない。
しかし、数秒後。
――苦しい……。
今度は、はっきり聞こえた。
男の背中に冷たい汗が流れた。
声は、地下道の奥から聞こえてくる。
逃げようとした男は、出口へ向かって歩き始めた。
だが――
コツ……。
背後から、もう一つの足音が聞こえた。
男が歩けば、後ろも歩く。
立ち止まれば――
足音も止まる。
恐る恐る振り返る。
そこには誰もいない。
ただ、薄暗い地下道の壁だけが見えていた。
男は再び歩き出した。
すると突然、背後から女の声がした。
「……待って」
男は振り返らなかった。
「待って……」
声が近づいてくる。
「ねえ……」
男は必死に走った。
そして出口の階段を駆け上がろうとした、そのとき。
地下道の壁に、一瞬だけ人影が映った。
長い髪。
うつむいた顔。
そして――
顔の一部が、黒く焼けただれていた。
男は悲鳴を上げ、階段を駆け上がった。
そのまま駅まで走り、振り返ることはなかった。
翌日。
男は昨夜のことを確かめるため、もう一度地下道を訪れた。
昼間の地下道は明るく、何もおかしなところはない。
「あれは疲れていただけだったのか……」
そう思いながら歩いていると、例の黒い染みが目に入った。
男は足を止めた。
そして気づいた。
昨日よりも――
黒い染みが少しだけ大きくなっている。
その中心には、まるで指で書いたような文字があった。
男は息をのんだ。
そこには、
「まだ苦しい」
と書かれていた。
もちろん、誰かのいたずらだったのかもしれない。
ただ、その日以来。
男は南富山駅地下道を二度と通らなくなったという。
そして今でも、夜の地下道では――
誰もいないはずなのに、
「……苦しい……」
という女の声が聞こえることがある。
そう、噂されている。
もし地下道でその声を聞いても、絶対に振り返ってはいけない。
振り返った人には――
女が「次はあなたの番」と囁くからだ。
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