旧小鷹刑場跡――夜道に立つ男
その場所には、昔、刑場があったという。
今では住宅や道路も近くにあり、昼間に訪れれば、そこがかつて人の命が奪われた場所だったとは、とても思えない。
しかし、地元では昔から、夜になると妙なことが起きる場所として知られていた。
ある夏の夜、大学生の「健太」は、友人二人と旧小鷹刑場跡を訪れた。
時刻は午前一時を過ぎていた。
「本当に何か出るのかな」
友人の一人が笑いながら言った。
健太はスマートフォンのライトを頼りに、暗い道を歩いていく。
風はほとんどない。
なのに、木々の葉だけが、ときどき不自然に揺れていた。
やがて三人は、刑場跡とされる場所に着いた。
「ここ?」
健太が周囲を見回した。
何もない。
ただ、暗闇の中に古い木々が立ち並んでいるだけだった。
「なんだ、何もないじゃん」
そう言って友人が笑った、その瞬間だった。
――カン。
どこからか、金属を叩いたような音が聞こえた。
三人は黙った。
――カン……。
また聞こえる。
音は、少し離れた場所からだった。
「誰かいるんじゃない?」
友人がライトを向ける。
しかし、そこには誰もいない。
「帰ろうぜ」
健太がそう言ったときだった。
スマートフォンの画面が突然消えた。
電池はまだ半分以上残っている。
「え?」
再起動しようとしても、電源が入らない。
すると――。
背後から、小さな声が聞こえた。
「……帰るのか」
三人とも振り返った。
そこには、誰もいなかった。
だが、暗闇の奥に何かが立っている。
人の形をしていた。
長い服を着た男のようだった。
顔は見えない。
ただ、こちらを向いている。
「……誰?」
健太が声を絞り出した。
男は答えなかった。
その代わり、ゆっくりと一歩前へ出た。
そして、また一歩。
三人は逃げようとした。
ところが、足が動かない。
まるで地面に縫いつけられたようだった。
男がさらに近づいてくる。
その瞬間、健太は見てしまった。
男の首元に、赤黒い線が残っていた。
そして男は、低い声でこう言った。
「まだ……帰れない」
次の瞬間。
街灯のような明かりが遠くで点いた。
健太たちは我に返った。
三人は一斉に走り出した。
振り返ることはできなかった。
ようやく車まで戻り、エンジンをかける。
そのとき、健太がふとスマートフォンを見ると、電源が入っていた。
画面には、さっき撮影した写真が表示されている。
三人が刑場跡に立っている写真だった。
しかし――。
写真の中央。
三人の後ろに、見知らぬ男が立っていた。
長い服。
俯いた顔。
そして首元には、赤黒い跡。
健太は震える手で写真を拡大した。
その瞬間、スマートフォンから音声が流れた。
録音した覚えのない声だった。
「……帰るのか」
健太は、その写真をすぐに消した。
だが、後になって友人から連絡が来た。
「昨日の写真、消した?」
健太が「消した」と答えると、友人はこう返してきた。
「いや……俺のスマホには残ってる」
添付された写真を開く。
そこには、三人の背後に立つ男が写っていた。
そして、写真の端。
木の陰から、もう一人の人影がこちらを見ていた。
健太たちは、それ以来、二度と旧小鷹刑場跡へ近づかなかったという。
ただ、地元では今でも、夜遅くにその周辺を通ると、
――「帰るのか」
という男の声を聞いた、という話が囁かれている。
もちろん、それが本当に刑場跡に残ったものなのか。
それとも、暗闇の中で誰かがそう聞こえただけなのか。
確かなことは、誰にも分からない。
ただ一つだけ。
もし夜の旧小鷹刑場跡で、背後から声をかけられても――
決して、すぐには振り返らないほうがいい。
そこにいるのが、
「帰る人」なのか、
「帰れなかった人」なのか、
分からないからだ。
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