杉沢村――地図から消えた村
深夜、友人から一本の電話がかかってきた。
「杉沢村って知ってるか?」
その名前を聞いた瞬間、なぜか背筋が冷たくなった。
杉沢村。
青森県の山奥に存在していたとされる、地図から消えた村。
村人が突然姿を消し、最後には誰も近づかなくなった――。
そんな噂だけが、今もインターネットや怪談話の中で語り継がれている。
「面白そうじゃん。行ってみようぜ」
友人は笑っていた。
その日の夜、俺たちは車で山道へ向かった。
街灯はすぐになくなり、窓の外は真っ暗になった。
カーナビを見ると、目的地まであと数キロ。
しかし、その先には道が表示されていなかった。
「おかしくないか?」
そう言った瞬間、カーナビの画面が突然消えた。
車を止めると、遠くから――
「カン……カン……」
金属を叩くような音が聞こえてきた。
山の中には、俺たち以外誰もいないはずだった。
それでも音は少しずつ近づいてくる。
やがて木々の向こうに、古びた鳥居が見えた。
鳥居の先には、一本の細い道が続いている。
友人が車を降りた。
「ちょっとだけ見てくる」
俺は止めた。
だが友人は笑いながら鳥居の向こうへ消えていった。
数分後。
突然、携帯電話が鳴った。
友人からだった。
「もしもし?」
返事はない。
ただ、電話の向こうから荒い息遣いが聞こえていた。
そして、小さな声がした。
「……来るな」
「どうした?」
「ここ……人がいる」
その瞬間、電話が切れた。
俺は車の中で待ち続けた。
十分。
二十分。
一時間。
友人は戻ってこなかった。
怖くなった俺は、車を走らせて山を下りることにした。
ところが――
何度走っても、同じ場所に戻ってしまう。
さっきの鳥居。
そして、その横に立つ古い看板。
看板には、かすれた文字でこう書かれていた。
「杉沢村」
俺はアクセルを踏み込んだ。
その瞬間、後部座席から声がした。
「……どこ行くの?」
友人だった。
「お前……いつ戻ってきたんだ?」
振り返ることができなかった。
友人は何も答えない。
ただ、後ろからずっと笑っている。
そして、しばらくすると、
「俺さ……さっき村の中で、お前を見たんだよ」
そう言った。
「……俺を?」
「うん。お前が村の奥に立ってた」
俺は何も言えなかった。
すると友人が続けた。
「でもな……」
「そのお前、首がなかった」
車内が静まり返った。
その瞬間、フロントガラスの向こうに人影が現れた。
ひとり。
ふたり。
三人。
暗闇の中から、次々と人が現れる。
誰も動かない。
ただ、こちらを見ている。
俺は必死にアクセルを踏んだ。
車は山道を抜け、ようやく街へ出た。
振り返ると、後部座席には誰もいなかった。
友人は消えていた。
その後、警察にも相談した。
しかし、友人が行方不明になったという記録は見つからなかった。
そもそも――
俺には一緒に山へ行った友人など存在しないと言われた。
怖くなった俺は、あの日の写真を確認した。
すると、車内で撮った一枚の写真に、奇妙なものが写っていた。
後部座席に座る、見知らぬ男。
その男は、こちらを見ながら笑っている。
そして写真の端には、古びた看板が写っていた。
「杉沢村」
翌朝、その写真をもう一度確認すると――
男の隣に、いつの間にか俺自身が立っていた。
ただし、その俺には――
顔がなかった。
それ以来、俺は二度と山へ近づいていない。
そして今でも、ときどき深夜になると、知らない番号から電話がかかってくる。
電話に出ると、必ず同じ声が聞こえる。
「……まだ、帰ってこないの?」
その声は――
あの日、消えた友人の声だった。
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