山崎刑場跡――「振り返るな」

深夜0時を少し回ったころだった。

甲府の街を車で走っていた俺たちは、以前から気になっていた山崎刑場跡へ向かっていた。

「本当にここ?」

友人の佐々木が、スマホの地図を見ながら言った。

車を止めると、周囲は驚くほど静かだった。

街中に近いはずなのに、そこだけ空気が違う。

少し歩くと、暗闇の中に供養碑が見えた。

「ここが……刑場跡か」

俺がそう呟いた瞬間だった。

――カン。

背後から、金属を叩いたような音がした。

二人とも振り返った。

しかし、誰もいない。

「今の聞いた?」

「……聞いた」

気のせいだと思い、そのまま碑の前まで歩いた。

すると佐々木が突然立ち止まった。

「なあ……あそこ」

指差した先。

道路脇の暗闇に、男が立っていた。

黒っぽい服。

顔は俯いていて見えない。

「誰かいるじゃん」

俺が声をかけようとした、その瞬間。

男がゆっくり顔を上げた。

街灯の光が顔を照らす。

だが――

顔が、なかった。

目も鼻も口もない。

ただ、真っ黒な顔がこちらを向いていた。

「走れ!」

佐々木が叫んだ。

俺たちは夢中で道路へ戻った。

車まであと数十メートル。

そのとき、背後から声がした。

「……まだ……終わってない」

足が止まりそうになった。

だが、振り返らなかった。

車に飛び乗り、エンジンをかける。

そのまま一気に走り去った。

しばらくして、佐々木が震える声で言った。

「なあ……お前、さっき録音してた?」

「いや」

「じゃあ、これ何?」

スマホの録音画面を見せられた。

俺たちが刑場跡へ向かっているときの音声だった。

そこには、俺と佐々木の声しか入っていない。

……はずだった。

再生してみる。

『ここが……刑場跡か』

俺の声。

その直後。

小さな男の声が入っていた。

『……帰れない』

俺たちは顔を見合わせた。

そして、最後まで聞いた。

録音の最後。

車に乗り込む直前の数秒間。

俺たちの足音に混じって――

もう一人分の足音が聞こえていた。

タッ。

タッ。

タッ。

そして車のドアを閉めた瞬間。

録音の中で、男がはっきりと言った。

『……一人、置いていくな』

その言葉を聞いた瞬間、車内の後部座席から、

――コン。

小さく窓を叩く音がした。

俺たちは、ゆっくりとバックミラーを見た。

誰もいない。

ただ、後部座席の窓には、

内側から押しつけたような、一本の手形が残っていた。

翌朝、俺はもう一度あの場所について調べた。

すると、山崎刑場跡には供養のための碑や六地蔵が残されていることを知った。

そして最後に、ある一文を見つけた。

――この場所では、今も男性の霊が目撃されるという。

俺はその文章を閉じようとした。

その瞬間。

スマホの画面に、見覚えのない写真が一枚表示された。

昨夜、俺たちが撮った覚えのない写真。

そこには暗い刑場跡が写っていた。

そして写真の端。

俺たちの後ろに、

俯いた男が一人、立っていた。

写真の撮影時刻は――

俺たちが車を出発した10分後だった。

コメント