たまごトンネル――出口に立っていたもの
高知県にある「たまごトンネル」には、夜になると妙なものを見たという噂がある。
これは、ある男性が友人と二人で、深夜にトンネルを訪れたときの話だ。
その日は雨上がりで、時計は午前一時を少し過ぎていた。
車をトンネルの近くに停めると、周囲には街灯もほとんどなく、聞こえるのは雨水が落ちる音だけだった。
「せっかくだし、歩いて抜けてみようか」
友人にそう言われ、二人はスマートフォンのライトを頼りにトンネルへ入った。
中は思っていた以上に暗かった。
ライトを消すと、自分の手さえ見えなくなる。
二人は冗談を言いながら歩いていたが、しばらくすると、後ろから小さな音が聞こえてきた。
――カツ。
二人が同時に振り返る。
誰もいない。
「水滴じゃない?」
そう言って再び歩き始める。
すると今度は、
――カツ……カツ……。
まるで、誰かが二人の後ろを歩いているような音だった。
「さっきから聞こえるよな?」
友人も気づいていた。
二人は立ち止まった。
すると音も止まった。
数秒間、完全な静寂が続く。
「……戻ろうか」
友人がそう言った瞬間だった。
トンネルの奥から、
「……おーい」
という声が聞こえた。
二人は顔を見合わせた。
声は明らかに人のものだった。
しかも、かなり遠くからではなく、すぐ近くから聞こえたように感じた。
「誰かいるのか?」
友人が声を返す。
返事はない。
代わりに、奥の暗闇で何かが動いた。
スマートフォンのライトを向ける。
何もいない。
しかし、ライトを消した瞬間――
「……おーい」
また声がした。
今度は、すぐ耳元で囁かれたように聞こえた。
二人は一気に走り出した。
出口の明かりが見えてくる。
あと少しだった。
ところが、友人が突然立ち止まった。
「……待って」
「どうした?」
友人は出口の方向を指差していた。
「誰か……立ってる」
出口の明るい場所に、人影がひとつ立っていた。
遠すぎて顔までは見えない。
ただ、こちらを向いていることだけは分かった。
「人がいるなら、先に出てもらおう」
二人はゆっくり近づいた。
しかし、いくら歩いても、その人影との距離が縮まらない。
おかしい。
出口はもう目の前のはずなのに、人影だけが同じ場所にいる。
そして突然、友人が小さな声で言った。
「……あれ、出口じゃない」
「え?」
「俺たち……入口に向かって歩いてる」
その言葉を聞いて、背筋が凍った。
振り返る。
さっきまで後ろにあったはずのトンネルの暗闇。
そこに――
もう一人、人が立っていた。
しかも、その人物は俯いたまま、こちらへゆっくり歩いてくる。
一歩。
また一歩。
顔は見えない。
けれど、足音だけははっきり聞こえた。
――カツ。
――カツ。
――カツ。
二人は無我夢中で走った。
気がつくと、目の前にトンネルの出口があった。
外へ飛び出し、車まで一気に走る。
車に乗り込み、エンジンをかける。
そしてトンネルを見ると――
誰もいなかった。
「……さっきの人、何だったんだ?」
友人が震える声で言った。
男性は答えられなかった。
ただ、スマートフォンを見ると、奇妙なことに気づいた。
トンネルに入ってから外へ出るまで、二人の記憶では十数分程度だった。
しかしスマートフォンに残っていた時刻は――
二時間以上が経過していた。
さらに、写真フォルダを確認すると、二人が撮った覚えのない写真が一枚だけ保存されていた。
真っ暗なトンネルの中。
そこには、二人の後ろ姿が写っていた。
そして二人のすぐ後ろには――
俯いた人影が、ぴったりと寄り添うように立っていた。
その顔だけが、なぜか真っ白に写っていたという。
それ以来、二人は夜のたまごトンネルには二度と近づいていない。
そして男性は今でも、
「あのとき出口に立っていたものは、俺たちを外へ出したんじゃない。外へ出ることを許しただけだったんじゃないか」
そう話している。
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